第37話 やっぱり修羅場

 次の日の朝。


 いつものように自分の机で授業の用意をしていると、急に声をかけられた。


「おはよう桐谷君。昨日はありがとね」

「おはよう佐藤。別に大したことはしてねーよ」

「はい、これ。昨日は本当に助かったよ」

「そんな大げさな。当たり前のことをしただけだから気にするな」

「なになに、翼ちゃん。佐藤さんと昨日なにかしたの」


 翼と菫が昨日のことでお礼を言い、話していると隣の席から幼馴染の伊織が二人の会話に首を突っ込んできた。


「昨日服とか下着とか濡れちゃったから桐谷君の家によって、下着と服を貸してもらったの」


 菫は昨日のことをあるがままに話す。


 全然嘘は言っていないのだが、いろいろと危ない言い方だ。


 案の定、伊織はドン引きした視線を翼に向ける。


「……翼ちゃんって女の子派じゃなく男の娘派だったんだね」


 ほーら、伊織はわざと勘違いしておもしろがっている。


 伊織はまだ良い。冗談だと分かっているから。


 問題は次の人だ。


「ちょっ……翼。一体昨日、佐藤となにしてたのよっ」


 リア充グループから抜け出してきた寧々が、鬼の形相で翼の机の前にやってくる。

 その声の大きさにびっくりした生徒は寧々たちの会話に耳を傾ける。


「落ち着け寧々。俺と佐藤はお前が想像しているようなことはしてない」


 翼は一旦、寧々を落ち着かせようと静かに話しかける。

 一方、菫は伊織が言った下ネタに気づいておらず首を傾げ、伊織は笑いをこらえている。


 今度伊織を一発ぶん殴ろう。


 翼は心の中で固く決意したのであった。


「そうだよ。ただ私と桐谷君は下着が濡れたから貸してもらっただけだよ。そして今日は貸してもらったスウェットと下着を返しに来ただけだよ」


 菫も一生懸命弁明してくれるが、その発言はないだろう。


 ほら見ろ。


 完全に勘違いしている寧々がりんごのように真っ赤な顔で激怒している。


「あんた、佐藤になんてことしてるのよ。しかも佐藤に下着を貸した?はぁー。ちょっとそこらへん詳しく説明しなさいよ」


 寧々は大きな声を出しながら翼の首元を絞めて顔を近づけてくる。

 そのせいで、寧々の声がクラスに丸聞こえである。

 クラスメイトはその情報だけでいろいろな憶測をし、翼の心証が悪くなる。


 さすが、発情期の高校生。


 みんな想像力がたくましい。


 でも翼は寧々に首を絞められているのでそれどころではなかった。


 く、苦しい。


 いくら女子並みの力しかないとはいえ、首を絞められるのは苦しい。


 そこに、また厄介な人が乱入してきた。


「今、翼さんが佐藤さんに下着を貸したり濡らしたりと聞えてきたのですが、空耳ではないですよね」


 顔は笑っているのに、目が笑っていない清子が翼のことを見つめる。

 その瞳は深淵のようにどす黒い色をしていた。


 なんで二人がここまで怒っているのか、翼は見当も付かない。


「おい待て……二人とも冷静に俺の話を……聞け」


 翼は二人に冷静になれと促すが興奮している二人は聞く耳を持たない。

 となりで笑っている伊織が憎らしい。


「翼。一体昨日、佐藤となにをしたのよ」

「私もそこら辺とても気になりますわ。ぜひ、詳しくお聞かせください」

「もし、嫌がっている佐藤に無理矢理迫ってたら、一発ぶん殴るわよ」

「私も手荒な真似は好きではありませんが、翼さんがもし佐藤さんと不埒な真似をしていたら相応の覚悟をしておいてくださいね」


 寧々は烈火のごとく翼は責め、逆に清子は絶対零度よりも冷たい声で翼を責める。

 もはや翼だけの力ではこの場を収めるのは困難だった。

 清子の不埒な真似と聞いて、昨日翼に胸を揉まれたことを思い出したのだろう。


 みるみるうちに顔が赤く染まっていく。

 その表情の変化に二人は気づく。いや、気づいてしまった。


「やっぱりしたのね。一発ぶん殴るわ」

「寧々ちゃん、ちょっと待って。さすがにそれはシャレにならないって」


 寧々が殴りかかろうとしたところ、伊織は慌てて寧々を羽交い絞めにして阻止する。

 なんだかんだ言っても頼りになる幼馴染である。

 この騒動の原因は幼馴染のせいでもあるのだが。


「翼さん。覚悟はよろしいですか」

「九条院さんも待って。桐谷君はなにもしてないから。ちょっと胸を揉まれただけだから」


 清子が冷たい笑みを浮かべながら翼に迫り、それを菫が説得しようと試みる。


 でも、なんでだろう。


 菫はどうして言わなくても良いことを言ってしまうのだろう。

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