第36話 ハプニング

「キャッ」

「えっ」


 急に菫の悲鳴が聞えたので後ろを振り向くと菫が倒れこんできた。


 多分、カーペットに足を取られたのだろう。


 翼は支えようとするものの、翼も予想外なことだったため踏ん張りがきかずそのまま後ろに倒れてしまう。


 その拍子にドアが開き、帰ってきた怜奈と目が合う。


「「「……」」」


 三人の視線が交わり、沈黙が支配する。

 怜奈の体はやはり雨で濡れていて、特に靴下とスカートの裾がひどかった。


 一方、翼たちの体位の方が怜奈が雨で濡れているよりもひどかった。

 菫が倒れてきたせいで、その巻き添えを翼が喰らい廊下に仰向けで倒れる。

 その翼に覆いかぶさるように菫が翼の上に四つん這いになる。


 ここで一番の問題だったのは翼の手だった。


 菫を助けようと手を伸ばした位置がちょうど菫の胸だった。

 だから、今翼は菫の胸を堪能していた。


 大きすぎず、小さすぎず。


 硬すぎず、柔らかすぎず。


 程よい弾力と、ちょうど翼の手のひらに収まる大きさ。

 

 率直に言って天にも昇る気持ち良さが翼の手のひらから伝わってくる。


 まるで女の子のような胸だった。女の子の胸なんて触ったことがないけど。


「大丈夫よお兄ちゃん。お兄ちゃんも思春期なのよね。分かってるよお兄ちゃん。そういうところは理解しているつもりだから」


 翼は妹の怜奈に生暖かい視線を向けられる。


 怜奈からの優しさは十分に伝わってくるが、なぜだろう、全然嬉しくない。


 むしろ、そう思われている方がショックだった。例え本当のことだったとしても。


「……ひゃぅん」

「あっ、ごめん」


 ようやく胸を触られていることに気づいたのだろう。

 菫は慌てて翼の上からどける。


 翼もようやく脳に酸素が回り始めて、自分がしている行為を自覚し菫に謝る。


 胸を触った者と胸を触られたもの。


 お互い気まずい空気が流れ、恥ずかしくてお互い顔を赤く染め視線を逸らす。


「お兄ちゃん。私びしょ濡れだからなんかタオル持ってきて」


 この気まずい空気を察した怜奈が、翼に助け舟を出す。

 この時は本当に怜奈が女神に見えた。


「うん、分かった。そこで待ってろ」


 翼は慌てて立ち上がるとリビングから洗ってあるタオルを持ってくる。

 リビングは今、怜奈と翼の制服を乾かすため除湿機をかけているため暑い。


 その後、翼にタオルを渡された怜奈は、それで体を拭いてから浴室に向かった。


 廊下には未だに気まずい二人だけが残されてしまった。


「本当にごめん。どう言っても許されることじゃないけど本当にごめん」


 翼は誠意を示すために、廊下に土下座をした。

 これが翼に今できる、最大限誠意を示せる行為だった。


 男子の翼でも他人に胸を触られるのは良い気持ちではない。

 男の娘の菫ならなおさら、嫌な気持ちになるだろう。


「ううん、私は大丈夫。それよりも桐谷君こそ大丈夫。私のせいで倒れて頭とか背中とか痛くない」


 逆に菫は自分のせいで倒してしまった翼のことが心配で口を開けなかったのだろう。

 菫は胸を触られたことよりも翼を倒してしまったことを気にしているようだった。


「……怒らないのか」


 翼は恐る恐る顔を上げて菫を見つめる。


 普通、ここは胸を触られたらビンタがとんでくるのがお約束である。ラノベ的にも現実敵にも。


「大丈夫、怒ってないよ。確かに胸を触られるのは驚いたけど桐谷君は私を守るために支えようとしてくれたんでしょ。それに私男の娘だから、女の子よりも拒否感がないみたい。私はむしろ、助けてくれようとしてくれて嬉しかったよ」


 菫は嬉しそうにはにかみながら、翼を見つめる。


 その瞳に怒りはない。


 こうして二人が仲直りすると、浴室から怜奈が出てこようとする。

 そして出てきた怜奈は案の定全裸だった。


「良い気持ちだった」


 怜奈は濡れた髪をタオルで乾かしながらオヤジ臭いことを言う。


「凄く綺麗だね」

「ありがとうございます、佐藤先輩」


 菫は怜奈は全裸に見とれ、感嘆の声を上げる。

 怜奈はそっけなく言っているが菫に褒められたのが嬉しいのか、頬を赤く染めている。


 きっとそれはシャワーを浴びたせいではないだろう。


 その後、怜奈と菫は初対面だったので簡単に自己紹介し、三人で談笑した。


 そして夜の六時。


 さすがにこれ以上遅くなるといけないと菫が言ったので、とりあえず生乾きなところはドライヤーで無理矢理乾かし、制服を着て玄関口に立ち別れの挨拶をする。


「今日はありがとうございました。これは洗って返すからね」

「そんなに急がなくても良いからな」

「また来てくださいね、菫先輩。私今日、菫先輩とお話できてとても楽しかったです」

「うん、また来るよ怜奈ちゃん」


 この数時間で怜奈と菫はかなり仲が良くなった。


 そのせいで途中から翼は蚊帳の外にいるような気分で、居心地が悪かった。


 その後手を振りながら玄関を出て行く菫に翼と怜奈も手を振り返して対応する。


 翼にとってとても充実した放課後だった。


 その後、家で洗い終えて乾燥させた下着とスウェットを何度も匂いを嗅ぎながら変な臭いはしていないかと何度も確認をし悶々する菫だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます