第35話 オタクと文学少女?

「桐谷君にちょっと聞きたいことがあったんだけど」

「ん?どうしたんだ」


 二人が笑い終えると、菫がおどおどと話しかけてきた。

 翼は疑問に思いながら聞きかえる。


「桐谷君の部屋って本がいっぱいなんだね。少し見ても良いかな」


 菫は本棚に入っている本を興味津々な目で見つめている。

 きっと菫は本の虫といわれるぐらい本が好きなんだろう。


 でなかったら、昼休みに図書室で本を借りるわけがない。


 でも菫が好きなのは、芥川賞や直木賞など難しい本だろう。


 翼が読んでいるようなラノベではないはずだ。


 見た目からも大人しそうな文学少女?のオーラを出している。


「佐藤が好きそうな本はないと思うよ」

「私、本ならどんなジャンルも好きだから大丈夫だよ」


 いまさら隠す必要はないと思うが、翼はオタクだ。


 クラスでは一応隠しているが、改めてかミングアウトするのは恥ずかしい。

 特に相手が菫だと余計に意識してしまう。


 だが、そんな翼の気持ちに気づかない菫は見たいと目を輝かせている。


 こんな目をされたら断ることができるだろうか。いやできない。


 まっ、オタクと思われても嫌われてもオタクなのでしょうがない。


「そんなに見たいなら見ても良いよ。でもガッカリするなよ」

「ありがとう桐谷君。でもそれは大丈夫。私本が好きだから」


 翼の許可をもらうと、菫は目を輝かせて立ち上がり、本棚のところに向かう。


 菫はパッと見て興味を持った本を取り出す。


 するとそこから、可愛く描かれた女の子が飛び出した。


 基本、ラノベの表紙は可愛い女の子が描かれていることが多い。


 きっと菫は初めてラノベを見たのだろう。

 表紙を見た瞬間、目を開いて驚く。


「悪いな。こういう本しか持ってなくて」

「ううん、私初めてこういう本見るけど、凄く女の子が可愛いね」


 翼が自嘲気味に呟くと、翼の予想とは反対に菫は声を弾ませて賞賛する。

 てっきり、侮蔑な視線を向けられると思っていた翼は、やや拍子抜けした。


「挿絵はちょっとエッチだけど、みんな可愛い女の子だね。こういう本ってどういうところで買ってるの」

「普通に本屋にも売ってるし、アニメ専門店にも売ってるよ」


 挿絵をパラパラ見ながら感嘆の声を上げる菫。

 菫は興奮しながらページをめくっていく。


 翼はただそれを眺めていた。


 本を読んでいる菫はまるで、聖母のように柔らかい空気を纏っていた。


 そこだけ写真にくりぬいて、インスタに上げればかなりの『いいね』がもらえるだろう。


 こんなに本を読んでいるのが様になる人はそうそういない。

 菫は二十ページぐらい読むと、本を閉じ本棚に戻す。


「もう良いのか」

「うん、このまま読んだら家に帰らないでずっと読んでそうなんだもん」


 菫は嬉しそうな笑みを浮かべながら翼に振り向く。

 その笑顔を見た翼はドキッと心臓を高鳴らせた。


 もし、菫が女の子だったら心を射抜かれていただろう。


 でも菫は男の娘だ。


 その事実が翼の理性に待ったをかける。


「私、初めてラノベを読んだけど、結構おもしろかった」

「それは良かった」

「これからはラノベも読んでみようかな」

「そう言ってもらえるとなんだか俺も嬉しいよ」


 菫の言葉に翼は、自分の趣味が菫に受け入れられたような気がして嬉しかった。


「それなら今度買いに行くか。初心者の人にも読みやすいラノベを教えてあげるよ」

「ホントに。やったー。私、さっきのでラノベが好きになっちゃったみたい」


 何気に次会う約束も取り付けたが、あまりにも自然だったため意識してなかった。


 その後、菫が帰った後に悶え苦しむことになるのだが、この時の翼はまだ知らない。


 そんなことよりも翼は菫がラノベを好きって言ってくれたことが嬉しかった。

 やっぱり、趣味が合う人と話すのは楽しい。

 菫なんかは、会った時と比べかなり打ち解けてきた。

 でなかったら、こんなに感情豊かに会話なんてしないだろう。


「……ただいま~」


 玄関の方から怜奈の声が聞えてくる。


「桐谷君って兄妹いたの?」

「うん、妹が一人」

「そうなんだ。妹さんがいるんだ」

「多分怜奈の奴、この土砂降りの中帰ってきたから濡れてると思うからタオルでも持っていくからここで待ってて」

「ううん、初対面だし挨拶したいから一緒に行っても良い?」


 菫は翼に妹がいたことに驚いている様子だった。

 学校では怜奈と一緒にいることは滅多にないので、分からなかったのかもしれない。

 翼は怜奈のためにタオルを持っていこうと立ち上がる。

 菫も怜奈に挨拶をしたいと言っているので、翼と一緒に立ち上がる。


 そんな気を使わなくても良いのに。


 翼はもちろん、怜奈もそんなことで文句は言わないだろう。


 翼たちは部屋を出ようとドアを開けようとしたところ、ハプニングが起こる。

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