第34話 変なところでは鈍感な翼

 翼もシャワーを浴び、菫には自分の部屋で待っているように言っていた。


「ごめん、待たせた」

「ううん、そんなことないよ。それよりこちらこそありがとね。下着と服を貸してくれて」

「それぐらい大丈夫だよ。それより佐藤、下着は新品だから心配しなくて良いからな」


 服を貸してくれたお礼を言われて、下着の説明をしていなかった翼は慌てて弁明をした。


 菫は最初なにを言っているのか分からないような表情をしていたが、次第に分かっていくとクスクス笑い出した。


「せっかく桐谷君の厚意で貸してくれるだから気にしなくても良いよ。でも後でこの下着弁償するからメーカーとどこで買ったのだけ教えて」


 菫は穏やかに笑い、逆に自分が履いたことによって翼がこの下着を履けなくなってしまったことに気づき、弁償すると言い出した。


「別に俺は気にしないからそのまま使って良いよ」


 下着のお金を請求するほど、翼は吝嗇家ではない。


 それに下着もこんなむさ苦しい男に履かれるよりも、可愛い子に履かれる方が嬉しいだろう。


「でも、それじゃー桐谷君に悪いよ」


 こういうところで律儀な菫はなおも食い下がる。


「大丈夫だって」

「ううん、スウェットは洗って返すから下着だけ弁償させて」

「それぐらい良いって」

「それじゃー桐谷君に悪いよ」


 翼も菫もお互いの意見がぶつかり、平行線をたどる。

 翼はそんなこと気にしなくても良いと思っているのだが、菫は気にするようだ。

 菫も意外なところで頑固である。


「なら、洗って返してくれればそれで良いよ」


 菫の頑固さに負け、翼が折れる。


 スウェットを洗って返してもらうのだ。


 なら、そのついでに洗って返してもらえれば良いだろう。


「えっ……うん、分かった」


 翼が妥協案を言うと、なぜか菫が恥ずかしそうに顔を赤く染め、モジモジし始めた。

 なぜだろうと翼が会話を思い出し、回想してみるも心当たりがなかった。


「それじゃーいつでも良いから返してくれ」

「……うん、分かった」


 これでひとまず問題は解決した。


 翼も言い争いで立ちっぱなしに気づき、言い合いをしているうちに菫も立っていたことに気づき、座ることを促し、カーペットの上に座る。


 残念ながら翼の部屋にクッションなど座るものを置いていなかった。


 カーペットの上に座ると、匂いが気になるのかスウェットの袖の匂いを嗅ぐ菫。


「もしかして臭かったか。一応洗ってタンスの中に入れておいたんだけど」


 翼は恐る恐る、菫に聞いてみた。

 これで臭かったら、ショックとともにこんなに臭いスウェットを貸した自分が嫌になる。


「ううん、全然臭くないよ。ただ桐谷君が着ていたから桐谷君の匂いがするなって思って」


 菫ははにかむように、自分が着ているスウェットの匂いを嗅ぐ。


 それは遠回りに翼臭いと言っているのではないか。


 翼は人知れず、ショックを受ける。


「悪い、次はこまめに洗っておくよ」

「ううん、そういう意味じゃなくて。ごめんね口下手で。臭いって意味じゃなく桐谷君の家の匂いがするって意味。やっぱり人の家によって使っている柔軟剤とか違うからその家の匂いが出るな~と思っただけで臭いなんて思ってないから。むしろ、良い匂いだよ」


 翼を誤解させてしまったことに気づいた菫は慌てて弁明する。

 そのおかげで翼は、自分が勘違いしていることに気づいた。

 そう気づいた瞬間、翼は心の中で安堵のため息を吐く。


 誰だって人に臭いと言われたら、ショックを受ける。


「良かった。俺の勘違いだったんだな」

「ごめんね。口下手だから説明が下手で」

「そんなことないよ。俺も勝手に勘違いしてごめん」


 二人は再び、謝罪合戦を始めたが二度目ということもあり謝っているうちにどちらともなく、クスッと笑う。


「なんか謝ってばかりだな」

「そうだね」


 他愛もない会話で、笑う二人。


 大人になったらきっとこんな何気ない日常なんか、忘れてしまうのだろう。

 でもそんな何気ない日常が翼は好きだった。


 ラノベだって、毎回イベントやバトルが起こるわけではない。

 こういう何気ない一こまもラノベにあると考えると、それだけで幸せな気持ちになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます