第30話 佐藤菫 三人目の男の娘

 昼休みになり、翼は一人でご飯を食べ終えた後一人で図書室に向かう。


 こうして見ると自分がボッチだと自覚させられて悲しくなる。


 伊織はクラスの友達と楽しくご飯を食べていて、寧々もクラスのリア充グループと談笑している。



 教室を出る前、伊織と目が合いアイコンタクトで『ありがと』と言われた。

 寧々もチョコチョコ翼に視線を投げかけていたが、結局話しかけてこなかった。


 翼は渋々、図書室に本を返し帰ろうとした時、本棚と格闘している生徒を発見する。

 本棚の一番上の本を取ろうと背伸びをしているが、後一歩指が届かない。

 それでも取ろうとしている女子生徒は可愛らしくも馬鹿だった。


 でも翼もその気持ちは分かる。


 あともう少しで取れない本を取る時、どうしても見栄を張ってしまい、脚立を使わずに背伸びして取ろうとしてしまう。

 なんか脚立を使ったら負けという脅迫概念にかられるのだ。


 翼はあまりにもその女子生徒が哀れに思えてきたので近づいていき、取ってあげることにした。


「これで良かったか」


 翼の方が二十センチぐらい高かったので余裕で取ることができた。


「ありがとうございます。……って桐谷君」


 取ってもらった女子生徒は礼儀正しく頭を下げてお礼を言い、翼の顔を見ると驚いた声を上げる。


 はて?この子とどっかで会っただろうか。


 翼は記憶を遡って探してみるが、該当する人物がいなかった。


「えーっと……誰だっけ」


 翼は恥を忍んでその生徒に聞いてみた。

 すると、誰の目で見ても分かるぐらいショックを受ける生徒。


「私のこと分からない。同じクラスの佐藤菫だよ」


 名前を言われてようやく翼は思い出した。

 そう言えば、クラスにいたような気もする。


 同じクラスなのに思い出せなかったのは、その子の影が薄く、いつも一人でいるからだ。


 そしてそれと同時に思い出す。


 この子は女子じゃない。男の娘だ。


 その証拠に襟元にはリボンではなくネクタイが締められてある。


 佐藤菫、翼と同じ高校二年生の男の娘である。

 身長百五十前半。

 髪は黒髪で、肩にかからないぐらいのショートボブである。

 ジメジメして湿度が高いにも関わらず、まとまっている髪を見るとそれぐらい髪に気を使っていることが分かる。

 頬はプックリしていて、目はやや垂れ目。唇は薄い。

 全体的に幼女体型で胸の膨らみもやや小さい。

 推定Bカップぐらいだろう。

 でも逆にその小ささが小動物を連想させ、菫を可愛く見せている。


「そうだ、佐藤だった。悪い」


 さすがに人の名前を忘れていたのは人として恥ずべきことだったので、菫に謝罪する。


「私みたいな影の薄い男の娘なんて覚えるのすら、面倒よね」


 菫は翼から視線を外し、自嘲する。


 もしかして菫はネガティブなのかもしれない。


「いや、面倒だったわけじゃなく、あまり話さないから思い出せなかっただけだ。……ごめん」


 あまりにも落ち込むので、もう一度謝罪する翼。


 翼がもう一度謝っても菫の表情は翳ったままだった。


 確かに人から忘れられるもは悲しいものがある。


 翼もクラスでは伊織と寧々以外友達がいないので、人から名前を覚えてもらえない辛さは分かる。


 きっとクラスメイトの中に翼の名前を知らない生徒はきっといるだろう。


「……こちらこそごめんなさい。しつこく責めてしまって」


 自分でも言いすぎたと思った菫が申し訳なさそうに頭を下げて謝る。


 確か菫はクラスの中でも目立たない生徒だ。

 うろ覚えだが、菫が友達と楽しく話している姿を見たことがない。

 いつも一人で読書をしているか、教室の外にいることが多い。


 そう思うと、なんだか親近感がわいてきた。


 菫も翼と同じ友達が少ないからだ。


「大丈夫大丈夫。気にしてないから」


 そう思うと心が少し軽くなり、会った時よりは話しやすくなった。


「そう言ってもらえると嬉しい」


 菫は許されたと思ったのか、はにかむように頬を赤く染める。


 きっと菫は友達がいない……少ないから人と話すのが苦手なのだろう。


 だから、会話一つで一喜一憂してしまうのだろう。


 そう思うと、なんだか微笑ましい気がしてきた。


「あと、今日で佐藤菫の名前は覚えたから、もう忘れないよ」

「ありがとう、桐谷君。私も桐谷君の名前は覚えたから忘れないよ」


 まるで秘密の約束事をしているかのように笑い合う二人。


 寧々の威圧的な態度とも、清子の礼儀正しさとも違う男の娘。


 二年生になってから妙に男の娘と縁がある翼だった。

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