第三章 俺の周りには男の娘しかいない

第29話 衣替え

 あれから一ヶ月が過ぎた。


 すでに六月に入り、この町も梅雨に入っている。

 そのせいでジメジメして暑く、気持ちが悪い。


 あれからというものの、寧々と清子とは週に一回のペースで遊んでいる。

 二人ともそれぞれのコミュニティがあり、週に一回遊ぶのがやっとだった。

 だけど、ラインなんかは毎日のように送り合い、自分でも気持ち悪いを承知で言うがニヤニヤしている。


 男の娘でも嬉しくてニヤニヤしてしまうのだ。


 もし彼女が出たら一日中ニヤニヤが止まらないだろう。


 そんな六月の中旬。


 六月はジメジメして暑い以外にも祝日がないので学生にとっては嫌な月だ。

 だが衣替えという素晴らしい季節でもあり、男子のみんななら分かると思うが、妙に興奮してしまう。


 今日も翼は夏服用の制服に着替え、怜奈と伊織の三人と一緒に学校へ向かう。

 伊織も怜奈も夏服に衣替えしているので、上はブラウス一枚というなんとも開放的な姿になっている。


 ジメジメして暑いのは女子も同じ。

 伊織も怜奈も暑くてブラウスの第一ボタンは開いている。

 そこから覗く首元や鎖骨は、薄っすら汗もかいていて妙に艶かしさを醸し出している。


「それにしても毎日暑いわね」


 制服の中が蒸し蒸しするのだろう。

 伊織は襟元をパタパタして空気を送るも、その空気も生暖かいのであまり涼は取れない。


「これからはもっと暑くなるらしいわよ」

「そうよね~。今から嫌になっちゃう」

「嫌なことと言えば、今月末に中間テストがあるよね~」


 華の女子高生たちが朝から暗い表情を作っている。


 伊織の言う通り、七月になればもっと暑くなるし、その前に中間テストもある。


 中間テストといえば学生が嫌いな行事ナンバー一の行事だ。


 なぜ中間テストがあるのか。


 それは生徒一人一人の学習状況を確認するためだと思うが、それで成績を付けられるのは甚だ遺憾である。


 世の中には勉強よりも大事なものがあるはずだ。


 そんなことを言っても社会経験がない翼では説得力がないと思うが。


 それに今高校で習っている勉強がどこでどのように社会で役に立つのかも分からない。


 まっ、学生の本分は勉強と言われればそれまでだが。


「怜奈はテスト勉強はどうなんだ」

「まずまずね。授業で分からないところは先生に聞きに行って解消しているし、多分赤点はないと思う」


 翼は兄として妹のことを心配するが、どうやらそれは杞憂のようだった。

 しっかりした妹を持つと、安心するのと同時に少しだけ物足りない。

 翼的にももう少し頼ってほしかったのが本音だ。


「偉いわね怜奈ちゃん。よしよし」


 伊織は近所のおばちゃんのような馴れ馴れしさで、怜奈の頭を撫でる。


「ありがとう伊織ちゃん」


 撫でられている怜奈は満更でもない顔をしている。

 怜奈も怜奈で伊織のことを慕っているからだろう。


「そういう伊織はどうなんだよ。まさか赤点は取らないよな」


 翼はからかうように伊織に話しかける。


「最近勉強も難しくなってきたけど、先生に聞いて解決してるから中間テストは大丈夫だと思う。それよりも彼氏と会えないのが寂しい」


 中間テストのせいで彼氏に会えないことを思い出したのか、声が湿っぽい。


 朝から惚気を聞かされた翼は、思わずため息を吐いてしまう。

 朝から甘くて胸焼けを起こしそうである。


 伊織とその彼氏は中間テスト二週間前からはお互い、勉強に集中した方が良いと約束をし、その間は簡単なラインしかしないらしい。


 そういうところは、節度あるお付き合いをしているようだ。処女じゃないのに。

 テスト期間中もイチャイチャしてくる彼女がいたら嬉しい反面、少し迷惑だと翼は思ってしまう。


 彼女なんていたことないけど。


「はいはい、ごちそうさん」


 彼女がほしいのにできない翼はわざと軽くあしらう。


「翼ちゃんが冷たい」


 翼が冷たい態度をとられてショックを受ける伊織。


「でもテストが終わったら彼氏とデートとかするんだろ」

「もちろん。テストが終わったらすぐに彼氏と合流し、オールナイトの予定」


 伊織はやっと聞いてくれたというような安堵の表情を浮かべながら、嬉しそうにテスト後の予定を語る。


 オールナイトということは、伊織か彼氏の家でお泊り会でもするのだろう。


 男と女が一緒にお泊りするということはどういうことか。


 高校生ならみんな理解できるだろう。


 つまり、大人の運動会だ。


 ったくこれだからリア充は。


 翼は心の中で悪態を吐く。


「お前はもう少し恥じらいというものがないのか」

「別にやってる行為を見せてるわけじゃないし。翼ちゃん、過敏すぎ~」


 翼が注意するものの、逆に童貞らしさが滲み出ていたせいで、伊織に頬をツンツン突かれてからかわれてしまった。


「……伊織ちゃん、大人」


 怜奈も伊織の大人になった姿を見せられ驚いている。


 怜奈も高校生になったから、翼と伊織の会話も理解できるのだろう。


 ほのかに顔が赤くなっている。


「それで翼ちゃん、話が変わるけどこの本を今日のお昼に返してくれない」


 そう言うと伊織は鞄から一冊の本を取り出す。


「なんでだよ。自分で返しに行けよ」

「今日友達とお昼食べるから行けないの。翼ちゃんは一人だから大丈夫でしょ」


 何気にひどいことを言う伊織だった。


 だが伊織の言うことは正しいので悔しいが、言い返すことができなかった。


「貸し一だからな」

「あとでジュースでも奢るよ」


 そのまま返すのも癪だったので、貸し一にしたのだが伊織はすぐに承諾してしまった。


 しかも勝手にジュース一本になっているし。


 翼は伊織から本を受け取ると憂鬱なため息を吐いた。


「お兄ちゃん、ガンバ」


 妹の怜奈の応援だけが、唯一の救いだった。

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