第19話 ダブルブッキング

 翌日の放課後。


 授業時間もいろいろと翼なりに考えたのだが、なにも良い案が思いつかなかった。


 最初に約束したのは寧々の方だ。だから寧々の方を優先するのが筋だろう。


 でもそれで清子が落ち込んだ姿を見るのはやっぱりきつい。


 いくら自分が悪くても。


 そしてホームルームが終わり、翼にとっては地獄の放課後タイムが始まる。


「翼。それじゃー早速ゲーセンにでも行こう」

「桐谷さん、お待たせしました。では早速私と二人でお金の使い方を教えてください」

「……はっ?」

「……えっ?」


 一組の方が早く終わったのだろう。


 寧々と清子が翼に話しかけるタイミングはほとんど同じだった。

 二人の声がハモッた瞬間、二人は驚きの声が上げお互いを見る。


「ちょっとなんで九条院が翼と一緒に出かけるのよ。今日約束したのはあたしなんだけど」

「いえいえ、今日約束したのは私ですよ。それに昨日桐谷さんは暇だと言っていました」

「どういうこと翼。説明しなさい」


 清子の言葉にキレた寧々は思いっきり翼の机を叩く。


 その大きな音にクラスに残っていた生徒は一斉に翼の方向に目を向ける。


 友達が少ない翼にとっていきなり大勢の視線を浴びることに慣れておらず、恥ずかしさといたたまれなさに、顔が赤くなる。


「なになに翼ちゃん。なんで修羅場になってるの」


 この出来事はもちろん、隣の席に座っている伊織にも筒抜けである。


 伊織は面白がるように翼をいじってきた。


 いじるなら助けてくれよ。


 翼は心の中で悲鳴を上げる。


 翼のことを容赦なく睨みつける寧々。

 寧々の視線はそれだけで人を殺せそうなぐらい鋭い。


 一方清子はどうしたら良いのか分からなそうにワタワタとしている。


「あたし、今日翼と一緒に遊べると思って楽しみにしてたんだよ」

「私もです。今日は桐谷さんと一緒に遊べると思い楽しみにしていました」


 寧々の声は怒気を含み、清子の声は落ち込んでいるかのように暗い。

 二人とも言い方は違うが、二人とも今日の日を楽しみにしていたことだけは伝わる。

 これではどちらかを選べはどちらかが傷つくだろう。


「プププ、翼ちゃんが困ってる~」


 伊織は楽しそうに翼の困った顔を見ている。


 からかうなら助けろって。


「……三人で遊ぶのはどうだ。ゲーセンなら何人いても楽しいし、ゲーセンは基本小銭を使うところだしな。三人で遊べば良いんじゃないか」


 翼は苦肉の策を搾り出す。


 言い方が若干、二股野郎のような発言だったが別に翼はこの二人と付き合っているわけではない。


 寧々はゲーセンで翼と遊び、そこで清子にお金の使い方を教える。


 これが一番角が立たない案ではないか。


「……あたしは翼と二人っきりが良かったのに」

「?寧々、なにか言ったか」


 寧々の声が小さく、教室もまだ騒がしいこともあり、寧々がなにを言ったのか聞き取れなかった。


 別に難聴系主人公を演じているわけではない。


 素で聞えなかったのだ。


「そうですね。私と桐谷さんと斉藤さんの三人で遊べば良い話でしたね」


 清子の方は、なるほどというような顔で賛同する。

 清子はとりあえずお金の使い方を教えてもらえれば良かったので翼の提案にすぐに賛同したのだろう。


「……分かったわよ。今回はこれで手を打つけど。次はちゃんと約束を忘れないでよね。昨晩ラインだってしたのに」


 寧々もこれ以上わがままを言うのもどうかと思ったのだろう。

 渋々だが翼の提案に納得してくれた。


「この件に関しては俺が全部悪かった。ごめん」


 翼は二人に誠意を示すために立ち上がった後、頭を下げ二人に謝った。

 それを見ていた二人は意表をつかれたせいで、反応できずにただ翼が頭を下げる姿を見ていた。


「チッ、もっと修羅場になれば良かったのに」


 隣の席では伊織がなぜか舌打ちをしている。


 これは伊織なりの冗談だと信じたい。


 まっ、目は笑っているから伊織なりの冗談だろう。


「桐谷さん、斉藤さんとラインをしているんですか。羨ましいです。私ともライン交換しませんか」


 清子がなぜか寧々と翼がラインをしていることを羨ましがり、スカートのポケットかたスマホを取り出す。


「別にいいぜ」

「九条院、あたしとも交換しない」

「なら私もいいかな、九条院さん」


 寧々も伊織も清子と友達になりたいのか、清子がスマホを出すと、すぐに自分のスマホを取り出した。


 すぐにラインのID交換会が始まり、翼のスマホに清子のアドレスが写る。

 寧々も伊織も満足したのか、嬉しそうにスマホを自分のスカートの中にしまう。


「一気に三人分もラインのIDを交換しちゃいました」


 この中で一番嬉しそうなのは意外にも清子だった。


 清子はにやけながら自分のスマホを大事そうにスカートのポケットの中にしまう。


 にやけている顔もまた可愛いな。


 もし清子が女の子ならときめいていたかもしれない。


 だけど清子は男の娘なので、翼の春はまだ遠かった。


 季節はもうそろそろ夏になるのに。

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