第16話 お金の使い方が分からない なにそれ

 次の日。つまり火曜日。


 穏やかな朝日を浴びながら三人で学校に登校してくる。

 まだ五月の日差しは良いがこれが七月ぐらいになるとうんざりするほど朝日も熱く、外を出歩きたくなる。


 いつものように伊織と一緒に教室に入ると、寧々に声をかけられる。


「おはよう翼、伊織」

「おはよう寧々」

「おはよう寧々ちゃん」


 昨日、ラインで友達追加したおかげだろう。

 今日は、リア充グループと一緒に話しているのにも関わらず翼に挨拶をかけてきた。

 ちなみに寧々の取り巻きのリア充グループはその寧々の反応に驚いている。


 最近日課になりつつある寧々の挨拶を終え、席に着くとクラスがなぜかざわめき立つ。

 一瞬、翼の椅子や机に悪戯でも仕掛けられているのかと思ったがそんなふざけあえる友達がいないころに気づき、一人ショックを受ける。


「おはようございます桐谷さん」


 それは野原に咲き誇る金木犀……いや九条院清子だった。

 今日もブレザーにネクタイ、スカートと可愛らしい恰好をしている。

 その清子が来たせいでクラス中がざわめいているのだろう。


「あの九条院さんがなぜこのクラスに」

「なんて綺麗なのだろう」

「九条院さんならもっとお坊ちゃまお嬢様高校に通えるのに」


 クラスのみんなは羨望の眼差しで清子を見、なぜか嫉妬や冷たい視線で翼の方を睨んでいる。


 本当に理不尽だ。


「翼ちゃん。ついに金で九条院さんを買ったの」


 伊織は良かれと思って冗談を言ったのだろう。


 そう信じたい。


 若干、本気で引いているように見えるのは翼の見間違いにしておこう。


 それに清子は金では買えないだろう。


 清子の家には一般家庭ではどうすることもできないぐらいの財力差がある。


「おはよう九条院。昨日のアレだよな」


 クラスの視線や伊織の視線をできるだけ意識しないように話しかける。


「はい。ですが変に私たち注目を浴びているので場所を変えてもよろしいですか。あまりジロジロ見られるのは好きではないので」


 清子が恥ずかしそうに翼に耳打ちしてくる。


「チッ」


 今どこからか舌打ちが聞えなかったか。


 翼は慌ててクラスを見渡すも誰が舌打ちをしたのか分からなかった。

 最初は伊織かと思ったが、ドン引きしている表情は変わっておらずそれに翼に舌打ちする理由も分からない。


 とりあえず、気のせいだったことにしておこう。


 翼は清子に言われたとおり場所を変えるため清子と一緒に教室の外に出た。

 この時も誰かに睨まれているような厳しい視線を向けられていると思ったが、誰が睨んでいたのかは分からなかった。


 分からなかったものはしょうがいので、気にせず清子の後についていく。


 清子に連れられて来た場所は屋上へと繋がる踊り場だった。


 確かに朝の時間帯にここに来る人はいない。


 昼休みや放課後ならまだしも、朝の忙しい時間帯にここに来る生徒は授業をサボる不良だけだ。


 それはそれでリスキーだが。


「これが昨日お借りした四百円です」

「はい、確かにいただきました」


 翼は清子から受け取った小銭を確認し、自分の財布にしまう。

 その時、清子の財布から見えた福沢諭吉の多さにビックリしたことは清子には内緒である。


「私、初めて小銭を使いました。まさかこんなお金がこの世界にはあるのですね」


 清子は初めて触れた小銭に興奮しているようだった。


「いや、むしろ小銭なら幼稚園児でも触れているよ」


 翼はあまりにも世間離れしている清子に壁を感じてしまう。

 翼の普通では高校生にもなって小銭すら触れたことがない方が異常だ。


「最近の幼稚園児は進んでいるのですね」


 翼の言葉を聞いた清子は真剣な顔で驚いている。

 いや、それは逆に清子の方が遅れている。


「それで桐谷さん。少しお願いがあるのですが」


 四百円ももらったことだし、このまま解散と思い階段を下りようとした時、清子に呼び止められる。


「そのお願いって」


 翼は嫌な汗を流す。


 あのお金持ちの清子の願いだ。


 きっと一般庶民では絶対に叶えられないお願いだろう。


 翼はビクビクしながら清子の返事を待つと予想外な言葉が返ってきた。


「私と明日付き合ってもらえませんか。お金を使ってみたいんです」



 ……?



 この子はなにを言っているのだろうか。


 お金を使ってみたい?



 ?



 ダメだ。脳がショートして上手く清子がなにを言いたいのか理解できない。


「普通に使えば良くない」

「いえ、私はカードは使ったことはあっても小銭や札はないのです。だから間違えて使ったら恥ずかしいので桐谷さんも一緒についてきてほしいのですが。お礼は私ができることならなんでもします。ですのでお願いします」


 小銭の使い方を知らない人に初めて遭遇した翼には意味の分からないお願いごとだったが、清子はいたって真面目だった。


 しかも教えてくれたら清子ができる範囲でなんでもしてくれるらしい。

 例えば一戸立ての家がほしいと言ったら買ってくれるに違いない。

 さすがに翼もそんなことは要求しないが、なんでもは魅力的である。


 それにこんなに可愛い子にお願いされたどうしても断りにくい。


 清子は男の娘だけれども。


「……明日はなにもないから別に大丈夫だけど」


 多分断っても引かないと察した翼は大人しく要求を受け入れることにした。

 それに自分で言っても悲しくなるが友達の少ない翼には予定なんてない。


 平日の放課後は基本、ラノベを読んでいるかマンガを読んでいるか時々宿題をしているかの三択しかない。


 この時なにか忘れているような気もしたが、今まで翼に予定があったことなんてほとんどなかったので思い出すことができなかった。


「では明日の放課後よろしくお願いしますね、桐谷さん」

「あぁー任せとけ」


 清子は嬉しそうに微笑むとそのまま階段を下りていってしまった。

 翼も元気良く頷くと、清子の後を追いかけるように階段を下りる。


 そして今日の夜、悲劇が起こるなんてこの時の翼は想像もしていなかった。

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