第14話 ネクタイだと……

 放課後。


 伊織はいつもどおり彼氏とデートをし、寧々はリア充グループと教室の外に出て行ってしまった。


 もちろん、翼には声をかけてもらえなかった。

 でもいきなりあのグループに入るのはきついだろう。


 例えて言うならゲームでチュートリアルを終えたばかりのキャラがいきなりラスボスと戦うぐらい無謀なことだ。


 翼は一人机の中の教科書やノートをかばんに詰め込むと教室の外に出る。


 今日は一日晴れたので夕方でもまだ少し暑い。

 夕暮れにたたずむ夕日を見ると、もうそろそろ夏が来るんだなと思いを馳せる。

 その前にジメジメと暑い梅雨があるのだが、それは今は置いておく。


 翼がいつもように一人で下校する。


 なんだか自分で言っていて悲しくなる光景だ。

 駅前を通り一人帰っているとまた、誰かと誰かが揉めている声が聞える。


「そんな。このカードではお支払いができないのですか」

「さすがにこの屋台ではカードは使えないよ」

「ではこの頼んでしまったクレープはどうなるんですか」

「そりゃー廃棄にするしかないな」

「そんなのはあんまりです」


 寧々の時は一刻を争うような状況だったが、今回は違う。

 翼が見るからに屋台のクレープ屋に来た女子高生が、カードで支払いをしようと思ったところカードでは支払いはできないと店員に言われているのだろう。


 今回は寧々と違って命の心配はなさそうだ。


 それにしても屋台でカードを使う人間なんて初めて見た。


 翼がその女子高生を見るとどうやら同じ高校の人だ。


 あのブレザーとスカートは間違いなく黒川高校の制服である。

 ここはやはりラノベ主人公を目指す翼にとって助けてあげなくてはいけないシチュエーションだろう。


 なにせ女子高生が困っているのだ。

 しかも今回はたったクレープ代の四百円を出せば解決できる問題である。


 前回の寧々の件と比べると簡単すぎて思わず笑ってしまいそうになる。


 もちろん笑わないが。


 こんなところで笑った周りからどんな目で見られるか分かったものではない。


「このカードで買えないものはないとお父様は言っていました」

「さすがに俺も初めてブラックカードを見るけど無理なものは無理なの」


 しかも彼女が持っているのはクレジットカードの最高峰、ブラックカードだ。

 これはますます期待が持てる。


「小銭とか持ってないのかお譲ちゃん」

「……私、今までカードでしか買ったことがないから、小銭とか札とか分からないんです」


 その衝撃発言に翼だけではなく、屋台のおじさんや列に並んでいるお客さんまで驚いている。


 どんな金持ちならカードだけで生きていけるのだろうか。

 あまりのお金持ちと庶民のギャップに頭がおかしくなる翼。


「悪いがお譲ちゃん、また今度来てくれ」

「そのクレープ、俺が買おう」


 屋台のおじさんが廃棄しようとしたクレープを翼が間一髪阻止する。


 うん、パーフェクト。


 自分でも完璧すぎる登場に、翼は酔っていた。


 なぜなら、今回は前回と違って命の危機なんてないからだ。


「まぁーお兄ちゃんがそういうなら別にかまわないが」


 屋台のおじさんは、急に登場してきた翼に戸惑いながらも翼が四百円を渡すとそれを受け取り、代わりにクレープをいただく。


「ありがとうございます」


 女子高生は大げさに頭を下げて翼に感謝の気持ちを伝える。


「いえいえ、どうぞ食べてくださ……い……」


 翼はできるだけ好印象を与えられるように爽やかな笑みを作ったのだが、その子の首元を見て絶句した。


 ……ネクタイ……だと……。


 その女子高生……いやその子は女の子ではなく男の娘だったのだ。


 これはなにかの間違いだ。


 翼は現実を受け入れられなくて現実逃避をする。


 この子がコスプレでネクタイをしているのでなければ間違いなくこの子は男の娘だ。


「あの~、こんなところに立っていると邪魔になりますので移動しませんか」

「……はい」


 男の娘に諭されて翼は力なく返事をし、その場から移動する。

 その翼の歩き方はまるでゾンビのようにフラフラだった。

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