第8話 不器用なお礼

「なんか不思議だよな。こんなに可愛くて胸もあって女の子みたいなのにあの痛みを知ってるなんて」


 翼は寧々を見て話す。


 こんなに女子みたいに可愛いのに男子の痛みを知っていると思うとなんか不思議な気持ちになる。


「中学生の時、ふざけて鉄棒の上を歩いてたら落ちちゃって。その時思いっきり股間を強打しちゃったのよ。あの時はさすがに死を覚悟したわね。三途の川が見えたし。それぐらい痛かったわ」

「俺も草野球してて、その時キャッチャーだったんだけど防具もつけないでさ。その時ピッチャーの投げたボールが股間に当たって。股間を押さえて悶え苦しんだな」

「周りのみんなは股間を押さえて苦しむあたしを見て笑い転げてるし。こっちは痛いわ笑われて恥ずかしいわって大変だったわ。その後笑った同級生は一発殴ったけど」

「俺もみんなが笑うのはきつかったな。なんか股間を押さえて痛がるのって恥ずかしくない?」

「分かるわ。とっても恥ずかしい」


 寧々が股間の痛みに共感して笑う。


 その笑みはまるで天使のように美しく柔らかかった。

 まさか寧々がこんな笑顔を自分に向けてくるなんて。


 翼は今信じられない気持ちで寧々と対峙していた。


「ってなんであんたと股間の痛みの話をしてるのよ」


 自分から振ってきたくせにいきなり八つ当たりをしてくる寧々。


 ホント理不尽な男の娘である。


 こんな理不尽な男の娘がこの世にいるだろうか、いやいない。


 でも話してみると案外表情豊かでおもしろい人だと分かった。 

 それだけでも今日、助けた甲斐があった。


「いやお前からしてきたんだろ」


 あまり怒られるのも癪なので、翼も言い返す。

 イラッとして言い返してくると思ったが寧々はそんなことはせず、突然こんなことを聞いてきた。


「桐谷って鶏肉とか好きなの」

「好きだな。おいしいし」


 いきなりの質問だっため素直に返事をしてしまったが、一体これはなんの質問だったのだろう。


「そっ」


 寧々はそう言ってレジの方に向かう。

 そして店員にコンビ二で売っているから揚げを二つ買い、一つを翼に寄こす。


「なんだ、これを食わせて俺を脅迫するのか」


 これは冗談じゃない。


 ガチで思った。


 なにか食わせた後になにかを要求する。


 オーソドックスな恐喝だった。


「んなわけないでしょ。桐谷があたしを助けてくれたからそのお礼。それに桐谷、鶏肉好きって言ってくれたし」


 最初キレながら話すものの、最後の方にいくにつれて声が小さくなっていく。

 もしかしてあの寧々が恥ずかしがっているのか。


 クラスの頂点に君臨しているあの寧々が。


「……ありがとう、いただくよ」


 まさかの好意に翼はうろたえながらも寧々からから揚げを受け取る。

 コンビ二の店内に飲食スペースがあるのでそこに向かい、イスに座りながら食べる。

 衣がサクッとしていて、中の鶏肉は噛んだ瞬間肉汁があふれ出しておいしい。

 味も濃く、男子高校生にはたまらない味だろう。


「斉藤ってから揚げ好きなのか」

「えぇー好きよ。肉なら鶏肉が一番かな。桐谷は?」

「俺は肉ならなんでも好きかな。でも一番は豚かな。一番食ってるし」

「そうなんだ……」


 寧々の声が少し落ち込んでいるように聞えたのは気のせいだろうか。

 今鶏肉を食べているときに他の肉の話をするのはまずかったかもしれない。

 例えるなら彼女と一緒にいるのに他の女の話をするぐらいヤバイことかもしれない。


 彼女なんて今までいないのだけれども。


 その後から揚げを食べ終えると、席を立ちコンビ二の外に出る。


「から揚げ上手かった。ありがとな」

「こちらこそありがとう、助けてくれて」


 コンビ二の外に出た後、翼はから揚げのお礼を言い、寧々は恥ずかしそうに助けてくれたことにお礼を言う。


 今日の朝までただのクラスメイトだった寧々がこんなにも近い距離にいるなんて信じられない。


 もし寧々が女の子なら、ここから恋愛に発展していくフラグだろう。


 二次元なら。


 でも寧々は男の娘だ。


 いくら男の娘が第三の性と制定されても翼は男の娘ではなく女の子の方が好きだ。


「送っていくか」

「馬鹿。そこまで桐谷に迷惑かけられないでしょ。大丈夫よ一人で帰れるわ」


 親切心で言ったのに馬鹿と言われてしまった。

 翼だってどこにでもいる男子高校生だ。馬鹿と言われて傷つかないわけではない。

 でも一人で帰れるというならこれ以上のお節介は迷惑だろう。


「それじゃー気をつけて帰るんだぞ」

「ちょっと桐谷。あたしを子ども扱いしすぎ」

「それは悪かった。それじゃーな」

「うん、ばいばい」


 翼は別れの挨拶をして寧々に背を向けようとした時、胸の前で小さく手を振ってきた。


 まさか手を振られるとは思わなかった翼は一瞬ビックリする。

 さすがに大きく手を振り返すほど肝が据わっていない翼は寧々と同じように胸の前で小さく手を振り返す。


 その時、嬉しそうにはにかんだように見えるのは見間違いではないだろう。


 その後、帰り道が逆なのか翼とは逆の方向に歩き始めた寧々。


 まさか一日でこんなにも寧々と近づくなんて。


 人生なにが起こるか分からない。


 翼は今日あった寧々との出来事を思い返しながら家に帰っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます