第5話 斎藤寧々(男の娘)

 黒川高校は地方都市にある普通の私立高校だ。


 一クラスの三十人の五クラス。三学年合わせると四百五十人ぐらいである。

 黒川高校は四階建ての校舎であり、二年生の教室は三階である。


 八時に高校に着き、余裕を持って席に座る。

 翼の席は窓側の前から二番目である。

 その横が幼馴染の伊織というのはもはや運命しか感じないが、現実は無常である。

 翼と伊織が一緒に登校してきても、伊織に彼氏がいるということをクラス全員が分かっているのでからかいの声もかけられない。


 ちなみに怜奈は一年生なので四階に教室があり、階段のところで別れた。


「あのな伊織。高校二年生というのはな、なにか始まる季節なんだよ」


 翼は席に着くと早速伊織に向かって嘆き始める。

 だってラノベの主人公は高校二年生が多い。

 だから翼も高校二年生になれば、異能バトルとか異世界転生やハーレムになれると思ったのに全くその気配がない。


 そりゃー嘆きたくもなる。


「翼ちゃん。もう高校二年生なんだから現実を見よっ、ねっ」


 伊織はそんな翼のことを心配したのだろう。

 優しく頭を撫でて、現実世界を諭す。


 頭に触れる伊織の手から優しさが伝わってくるが、それが逆に辛い。


「お前は俺のこと、好きじゃないのか」

「大丈夫だよ翼ちゃん。私翼ちゃんのこと大好きだから」


 翼の精神はかなり追い詰められている。

 どれぐらい追い詰められているかというと、幼馴染に『好き』と言わせるぐらい重症である。


 そんな翼にも嫌な顔一つせず、伊織は『好き』と言ってくれる。

 そう考えるととても優しくて、できた幼馴染である。

 教室で『好き』とか『大好き』とか言ってもざわめかないのはこの二人だからだろう。

 クラスメイトはまたかというような目で二人の夫婦漫才を傍観している。


「朝から辛気臭い顔しないでくれる。迷惑なんだけど」


 翼が彼女ができなくて嘆いているとこのクラスのボスがやって来た。

 ボスと言っても筋肉ムキムキの男ではない。

 むしろ、パワーの意味ではかなりか弱そうである。

 この二年二組のトップカーストに君臨する斉藤寧々は翼の前に立つと、両手を腰に当てて威張る。


 斉藤寧々は身長百五十半ばぐらいの男の娘である。

 男の娘というのは生物学的には雄だが見た目は完全に女の子にしか見えない人のことを男の娘と呼ぶ。

 その容姿はもちろんのこと、声も女性のようにハスキーであり乳房も女性のように膨らむ。

 理由は弱男性ホルモンと呼ばれるテストステロンが過剰に酵素の働きを受けセストラジオールという女性ホルモンが大量に作られてしまうからである。

 そのせいで男になれない、女にもなれない男の娘は第三の性という位置づけにあり性が多様化している。

 性の多様化、性差を無くす取り組みとして日本政府は同性婚を認めたり、トイレ、更衣室、お風呂の男女共用化が進み、今では性別で分けるという施設とかはない。


 そこらへん、ラノベとは全然違う世界である。


 もしラノベのように男女で分かれている世界だったら窮屈そうだなと思う。


 閑話休題。


 そんな陽キャな寧々が怒りを秘めた目で翼を睨んでくる。


「まぁーまぁー齋藤さん。落ちついて、ねっ」


 伊織が翼と寧々の間に入り、寧々を落ち着かせようと両手を前に出し、前後に動かす。


「あたしは別に落ち着いてるわよ。ただ朝から辛気臭い顔されるとこっちまでテンションが下がるのよ」

「……それはお前らの都合だろ」

「あぁーなんだってー」


 寧々の理不尽な理由に思わず、翼が愚痴るがカーストが違いすぎる。

 どこの学校にもでもあるものだが、同じクラスメイトでもカーストが高い人と低い人がいる。


 例えば寧々のようなリア充はカーストが高く、陰キャの翼のようなオタクはカーストが低い。


 このカーストは中世で言う身分のようなもので、絶対に下のカーストは上のカーストには逆らえない。


 極端に言えば寧々は王族で翼は平民だ。


 だから翼は小さな声で愚痴ることしかできなかった。

 寧々には歯向かえばもっとカーストが下がり、最後はイジメの対象になる。

 しかし寧々はそんな翼の愚痴も聞えていたのか、睨み返してくる。


 ホント、リア充のボスは怖い。


「彼女がいないぐらいでウジウジしてるんじゃないわよ」


 もう翼の顔なんて見たくなかったのか、その言葉を吐き捨てると寧々はリア充グループに戻っていった。


「寧々、あんな奴にかまうことないって」

「あんなオタク野郎なんて無視してりゃ良いんだよ」

「そうね。あたしもカッとなりすぎたわ。みんなの空気を乱してごめん」

「別に寧々が謝ることないっしょ」


 リア充グループに戻った寧々は翼の時の対応とは一変、優しい声で話しかける。

 リア充グループも戻ってきた寧々を労うかのように、優しく声をかけてくる。


 まさに青春。


 かつて……いや今も翼が目指している青春そのものである。

 ただ現実は無常で翼は今でも底辺を這いつくばっている。

 幼馴染の伊織がいなければイジメられっ子の仲間入りをしていただろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます