第87話 代替品の選択
大通りの路上。
田口兄が車でやってきた。一人のようだ。
「よお……」
「どうも、迷惑掛けてすいません……」
ディミトリは憮然とした表情で挨拶をした。
田口兄は愛想笑いを浮かべながら、自分の問題を解決してくれたディミトリに感謝を口にしていた。
「……」
ディミトリは田口兄の挨拶を無視して車に乗り込んでいった。
「俺の家に帰る前に寄り道してくれ」
「はい」
田口兄は素直に返事していた。年下にアレコレ指図されるのは気に入らないが、相手がディミトリでは聞かない訳にはいかない。
何より怒らせて得を得る相手では無いのを知っているからだ。
「何処に向かえば良いですか?」
「これから言う住所に行ってくれ……」
そこはチャイカたちが使っていた産業廃棄物処分場だ。
確認はしてないがそこにジャンの所からかっぱらったヘリが或るはず。その様子を確認したかったのだ。
処分場に向かう間も無言で考え事をしていた。田口兄はアレコレと他愛もない話をしているがディミトリに無視されていた。
やがて、目的の場所に到着する。山間にある場所なので人気など無い。道路脇に唐突に塀が有るだけなので街灯も何も無かった。
産業廃棄物処分場の入り口には南京錠が取り付けられている。ディミトリは中の様子を伺うが人の気配は無いようだった。
「なあ…… ワイヤーカッターって積んである?」
きっと泥棒の道具として、車に積んでいる可能性が高いと考えていた。
「ありますよ。 コイツを壊すんですか?」
「やってくれ」
田口兄はディミトリに初めてお願いされて、喜んでワイヤーカッターで南京錠を壊してくれた。
後で違う奴に付け替えてしまえば多分大丈夫と考えていた。
中に入るとヘリコプターは直ぐに分かった。ヘリコプターは処分場の中程にある広場のようになった真ん中に鎮座していた。
ディミトリは右側の後部スライドドアーを開けて中を覗き込んだ。中に死体が有るかどうか確認したかったのだ。
(処分してあるのか……)
後部座席には博士の死体が有ったはずだが、アオイたちが片付けたのであろうと推測した。
(何でヘリコプターはそのままにしてあるんだろう?)
そんな事を考えながら機外を見て回った。弾痕やかすり傷がアチコチ付いてはいるが飛行に支障は無さそうだ。
(血痕が残ってるな……)
死体は無いが血痕は残っている。とりあえずは血痕の後始末をする必要を感じていた。
「……」
一方。田口兄は目の前に鎮座するヘリコプターを驚きの表情を浮かべていた。普通に生活していて実機を目の前にする機会は無いからだ。
「あの…… 何でヘリコプターなんかあるの知ってるんですか?」
「ここは訳アリの産業廃棄物処分場だ。 色々と処分出来るんだよ……」
「……」
ディミトリは田口兄を無視するかのように計器のチェックをしていった。飛べる状態かどうかを知りたかったのだ。
(燃料は半分くらい有るか……)
「飛ばせるんですか?」
「飛ばせないのに調べたりしないだろ……」
計器を色々と調べているディミトリは答えた。
「その黒いのは血の跡な…… 詳しく知りたい?」
「いえ、遠慮しておきます……」
通常ではない手段で強奪したのだなと田口兄は悟ったらしかった。
「この後。 ホームセンターに行ってくれ」
「良いですよ。 何か買うんですか?」
「灯油を入れるポリタンクを買いたいんだよ」
「分かりました」
ホームセンターに行き灯油用ポリタンクを十個程手に入れた。それと一緒にオリーブグリーンのビニールシートも購入した。
それと血痕を掃除する洗剤なども買った。
「何に使うんですか?」
「灯油を入れるポリタンクって言ったろ……」
ディミトリたちは、そのまま複数の給油所に行き、次々と灯油を購入していった。
一箇所だと怪しまれるのでポリタンクの数分だけ給油所を回っていった。
「同じとこで入れれば時間の節約になるでしょう」
「一箇所で大量に灯油を購入すると怪しまれるだろ?」
「そう言えばそうですね……」
「何事も慎重に行動するんだよ」
「……」
「アンタは何も考えずに行動するから面倒事になっちまうんだ」
「はい……」
田口兄は訳も分からずに手伝っていた。ディミトリは買って来た灯油はヘリコプターに積み込む予定だ。
あたり前のことだがヘリコプターを飛ばすには燃料が要る。
本来ならジェット燃料がほしかったが、個人でジェット燃料など購入することは結構難しい。一般的に使われる類いの燃料では無いので売って貰えないのだ。
そこで代替燃料として灯油に目を付けたのであった。本当は軽油が良かったが、ポリタンクで軽油を購入するのは目立つのでやめた。
基本的にジェット燃料と灯油や軽油の成分は一緒だ。違うのは含水率と添加剤の有無だ。
もちろん、正規の物では無いのでエンジンが駄目になってしまう可能性が高い。それでも手に入れておく必要があった。
(剣崎の野郎と会う必要が有るからな……)
何故ヘリコプターの燃料を心配しているかと言うと、近い内に公安警察の剣崎に会う必要が有るからだった。
相手の考えが読めないので、脱出手段の一つとしてヘリコプターの準備をしておく必要があったのだ。
剣崎との話し会いの内容次第で、ディミトリはそのままトンズラするつもりなのだ。追跡がやりにくいヘリコプターであれば姿をくらますのが容易だと考えてのことだ。
しかし、ガス欠では飛ぶことは出来ない。そこで灯油を手に入れようと考えたのだ。
(そう言えばエンジンがガタガタになると言ってたな……)
ディミトリは兵隊だった時にヘリコプターの操縦を覚えた。その時に、整備士が灯油で飛ばされたヘリコプターの整備に手間取った話を聞いていた。
そこで、速度を上げなければ飛べるはずだとディミトリは考えていた。
(まあ、緊急用だから飛べれば良いんだよ……)
どちらにしろ、コレを使う羽目になる時には日本から脱出を決意した時だ。後のことなど知った事では無い。
そうディミトリはヘリコプターの機内を掃除しながら考えていた。
座席シートに付着している血液を洗剤で洗い流し、最後に漂白剤を噴霧しておいた。漂白剤をかけたのは隙間などに入り込んだ血液を分解するためだ。ルミノール反応は誤魔化せないが、DNA情報が壊れてしまうので大したことは無いと踏んでいた。
海外の犯罪組織が残留物を残さないようにする方法だった。
最後にヘリコプターを目立たないようにモスグリーンのビニールシートを掛けた。これならパッと見には分からないはずだ。
(さてと、次はどうするかだな……)
剣崎と何処で会合するかを考えねば成らなかった。
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