第74話 派手なシャツの男
何処かの倉庫。
ディミトリは倉庫と思われる場所に一人で居た。
その顔は腫れ上がっており、片目が巧く見えないようだった。口や鼻から出た血液は乾いて皮膚にへばり付いている。
恐らく仲間をやられた報復で、散々殴られていたようだ。
(くそっ……)
気が付いたディミトリは腕を動かそうとした。だが、出来ないでもがいていた。
安物っぽいパイプ椅子に両手両足を拘束されていた。両手両足をそれぞれ別のパイプに拘束バンドで止められているのだ。
これでは解いて逃げ出すのに時間が掛かり過ぎてしまう。
彼の逃げ足が早いことを、灰色狼の連中は知っているのだろう。
(身体が動かねぇな……)
部屋には中央に灯りが一つだけ点いていた。壁際に監視カメラがある。室内に見張りが居ないのはこれで監視しているのだろう。
入り口には長机が置かれてあり、その上にディミトリの私物が並べられている。
暫くすると入口のドアが開いて何人かの男たちが入ってきた。
ディミトリが意識を取り戻したのに気が付いたらしい。
「コイツを殴るなって言ったろ?」
派手なシャツを着た男が、ディミトリの様子を見て怒鳴った。ディミトリが怪我をしているのが気に入らないらしい。
「すいません……」
「コイツにケンジを殺られたんで…… つい……」
何だか派手なシャツを着た男と、スーツ姿の男二人がやり取りをしている。
ケンジとは誰なのか分からないが、ディミトリが殺った奴の一人であるのは間違いない。
シャツの男がコイツラの頭目だろう。
(じゃあ、コイツが張栄佑(ジャン・ロンヨウ)か……)
ジャンは灰色狼の頭目だとケリアンが言っていた。そして、目的の為には手段を選ばない男だとも聞いている。
性格が冷酷で厄介な相手であるのは間違いない。
「特に顔を殴るのは良くない……」
ジャンは座らされているディミトリの周りをゆっくりと歩きながら言った。ディミトリの怪我の具合を確認しているのだろう。
見た目は酷いが死ぬことは無さそうだ。
ジャンが歩く様子をディミトリは目で追いかけながら睨みつけていた。
「もし記憶が飛んでいたら、今までの苦労が水の泡に成っちまうからな」
そう言って笑いながらディミトリの頭を掴んで自分に向けさせた。そして顔を近づけてディミトリの目を覗き込んだ。
まるで相手の深淵を汲み上げようとするような鋭い目つきだ。
(テメエは必ず殺してやる……)
ディミトリは口には出さないが、思いを込めて睨み返している。ここで迂闊に挑発しても良いことなど無いからだ。
それは数々の経験で会得しているのだ。
「ふん」
ジャンはディミトリの反抗的な眼付で、記憶が飛んでいない事を確信したようだ。
「さて、商売の話を話をしようか……」
ディミトリの頭から手を話したジャンが話し始めた。
「……」
「幸山(シィンザン)のリン・ケリアンと通じていたようだから、こっちの目的は知っているだろう?」
「さあな……」
ディミトリは惚けた。だが、相手の目的は分かっている。
金の話だ。
「お前が掻っ攫った麻薬組織の金を素直に出せや」
ディミトリの顔を再び覗き込んできた。やはり、麻薬組織の金が目的だったのだ。
「そうすれば命だけは助けてやる」
「何のことだか分からんな……」
ディミトリは気の振りをして首を傾げた。
妙齢の女の子であれば可愛らしい仕草だが、血塗れの男子中学生では生意気な小僧としか見えない。
「別に現金で用意しろって言ってるんじゃねぇんだ」
「……」
「一億ドルなんて現金では無理だからな」
そう言ってジャンは笑った。彼からすれば冗談のつもりだったらしい。
だが、部下たちは一億ドルと聞いて目の色を変えた。日本円にすれば優に百億円以上の金だ。無理もない。
「銀行の口座番号と暗証番号だ。 ちょろっと書き出すだけで良いんだぞ?」
「そんなもん知らないよ……」
ディミトリはジャンを睨みながら答えた。話すつもりなど無いのだ。
「お前だって命は惜しいだろ?」
「俺の命は使い捨てライターより安いんだよ」
「ふん」
ディミトリの反応を予測済みとでも言いたげに鼻先で笑った。
「俺たちに任せてくれ! 三十分で吐かせて見せます!」
「ああ、タップリ目に痛い目に合わせてやりますよ!」
部下たちが口々に言い募った。仲間を殺られたのが悔しいらしい。
それに、部下たちはディミトリの正体を知らないようだ。見た目が生意気な小僧に騙されているのだろう。
「バカヤロー。 ぶん殴って白状する玉じゃねぇんだよ!」
ジャンは部下の方に向いて怒鳴った。
ディミトリは元兵士で拷問への対処法を熟知しているからだ。もちろん、限界が有るのだろうが、それを確かめるには膨大な時間を浪費しなくてはならなくなる。
ジャンはディミトリの正体を知っているので、無駄な時間は使いたくないと考えていたのだ。
「あの女を連れてこい!」
部屋の外から女が一人連れて来られた。片腕を乱暴に掴まれて部屋の中に引き摺られるように入ってきた。
それはアオイだ。やはり捕まってしまっていたようだった。
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