第58話 違う形のヒーロー

モロモフ号。


 船室の外に居た見張りは壁にもたれ掛かるように倒れている。その頭からは血が流れていた。

 不意に少年が現れて問答無用で撃ってきた。声を上げる暇すらなかったようだ。彼は驚愕した表情のままだった。


「若森くん……」


 アオイは突然の登場にビックリしながらも、見慣れた顔の登場に安堵のため息を漏らした。


「ちょっと、足を持ってくれるかな?」


 ディミトリが手招きしてる。


「?」


 アオイが近づいて廊下を見ると見張りが倒れている。頭から血を流している所を見て、アオイは射殺されたのだと理解した。


「顔が腫れているけど殴られたの?」


 アオイの左頬が腫れているので聞いてみた。


「うん、大声出して助けを呼んでたら殴られた」

「女でもお構いなしかよ。 ヒデェ連中だな……」


 ディミトリは見張りが持っていた拳銃を眺めながら呟いた。


「連中は俺の事を探してるんだって?」

「ええ、ロシア人が貴方の事をしつこく聞いてきた」


 見張りの死体を運びながらそんな会話をする二人。アオイも死体を見たぐらいでは驚かなくなっている。

 アオイも死が身近にある職業だとはいえ、慣れていく自分にどんよりとした気分になっていくのを感じている。


「何、やったの?」


 アオイが足を持ちディミトリが頭を持って死体を部屋の中に入れた。


「ロシア人の母親とヤッたんだよ」

「馬鹿……」


 ディミトリはアオイに小突かれてしまった。彼女は下品なジョークが嫌いなようだ。

 次にテーブルクロスで廊下の血痕を拭い去り、部屋を閉めて出ていこうとした。


「ちょっとだけ待って……」


 ディミトリは鍵を掛けてから、鍵を根本から折ってあげた。こうすると、室内に入ることが出来ない。本当は瞬間接着剤ぐらいで固定した方が良いのだがしょうがない。

 アオイが部屋に居ない事は直ぐに露見してしまうだろう。少しでも時間を稼ぐ為の小細工だ。


「まあ、お互いに聞きたいことは山程あるだろうけど……」


 まず、何故引っ越したのか問い詰めたかったが、先に逃げ出すのが先だ。

 敵の人数すら分からないのに彷徨くのは流石に拙い。金の行方は後で聞けば良いとディミトリは考えたのだ。


「?」

「とりあえず、逃げ出そうか?」


 ディミトリが先に歩き、アオイは彼の後ろを付いて行った。


「どうやって逃げるの?」

「この船の傍にゴムボートを繋いである」

「え?」

「舷門(船の玄関口)から素直に出して貰えるとは思えないからね」


 そう言ってディミトリは笑った。

 ディミトリは銃を構えたまま先に進んだ。その後ろをアオイは大人しく付いて行った。


 ゴムボートを繋いである場所の上には難なく来る事が出来た。見張りが少ないせいだろう。船に乗っている乗員は食堂でバカ話をしている連中だけだったようだ。


 ディミトリはシートの下に隠しておいた縄梯子を取り出し降ろした。下を見たらゴムボートが海面で揺れているのが見える。風が少しあるようだ。

 梯子も少し揺れているが女の子一人でも降りられるだろうと見当を付けていた。


「さあ、先に降りていって……」


 ディミトリはアオイに降りるように促す。今の所、ディミトリにとっては珍しく順調に事が運んでいるようだ。


「まって……」

「え?」


 妙なことをアオイが言い出したのでディミトリは焦ってしまった。早くしないと見回りが来てしまう。

 幸運の女神が二度微笑まないのは良く知っているのだ。


「この船に子供が乗せられて居るらしいの」

「へぇ……」

「赤毛のロシア人に言われたわ。 大人しくしていないとガキと一緒に売り飛ばすって……」

「まあ、金持ちの変態どもに売りつけるんだろ」


 洋の東西を問わずに度し難い変態はどこにでも居るものだ。人身売買は中東でも良く聞いた話だった。

 だからと言ってディミトリがどうこうしようとは思わない。所詮は他人事だからだ。


「それだけじゃないの」

「ん?」

「バラして売るって言ってた……」

「闇臓器販売か…… ふふふ、クズどもめ……」


 食堂の脇で聞いていた話を思い出した。彼らは『売っぱらう』と言っていたのだ。

 てっきり違法薬物だけだと思い込んでいたが違ったらしかった。


「何処に居るの?」

「船倉としか聞いてないわ……」

「何人?」

「分からない……」

「実際に会った事は?」

「……」

「居るか居ないか分からない事で、俺に命がけでどうにかしろと言うの?」

「……」

「駄目だ駄目だ。 俺たちはコッソリ逃げ出すのがせいぜいだ」


 ディミトリの反応は鈍かったどころか関心が無い様だ。このまま逃げようと言い出したのだ。


「それって警察の仕事だろ…… 逃げ出した後に匿名で警察に通報すれば良いんだよ」


 もっともな事だ。大概の人は見ず知らずの相手を助けたりはしない。ましてや、荒くれの密売組織相手に命を掛ける理由が無いのだ。そんなお人好しでは戦場では生き残れないものだ。

 アオイは涙目になってしまった。


「……」


 アオイはディミトリが言うことも最もだと思っている。しかし、ここで帰ったら発覚するを恐れて子供は殺されてしまうだろう。

 焦った彼女は一計を案じた。


「船倉には取引に使うお金が隠してあるって言ってたわ」

「え!」


 ディミトリの目が輝いた。アオイはディミトリが金に意地汚いと睨んでいたのだ。


 事実、その通りだ。


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