第37話 闇医者の掟
アオイのアパート。
ディミトリはアオイの部屋のチャイムを鳴らしていた。片耳にイヤフォンを付けて何かを聞いていた。
直ぐにドアが開きアオイが顔を出した。
「すまないが腹に入ってる弾を抜いてくれ……」
「今度は銃弾なの?」
アオイは呆れ顔で返事した。それでも、部屋の中に入れてくれる。
信用していないが疑ってはいないようだ。相手の弱みに付け込んで下衆な要求する男が多いのに、ディミトリはそれをしないので気を許しているらしい。
「ちゃんと病院に行きなさいよ」
以前は追跡装置を取り出して今度は銃弾だという。街中に防犯カメラで監視してるわ、銃を持ち歩いているわで不思議満載な少年だ。この少年はどんな男なのかアオイは不思議に思っていた。
まあ、中身が中年の傭兵なのはアオイは知らない。
「行けるもんならとっくに行ってる……」
ディミトリが弱々しく答える。止血してる布には血が滲み出てきていた。
「また、無茶な事したんでしょ」
その時、部屋のトイレから物音がした。アオイしか居ないと思い込んでいたディミトリは咄嗟に銃を向けた。
「だ、誰だ……」
ディミトリがトイレに向かって言う。
「出て来ないのなら鉛玉を打ち込むぞ?」
「待って!」
「……」
「中に居るのは私の妹よ……」
トイレのドアが開き、女の子が一人出てきた。背格好も顔付きもアオイにそっくりだった。
ただ、残念な部分は姉同様、オッパイが無いところだ。
「この人がお姉ちゃんが言ってた子?」
アオイの妹はアカリと言った。大学生になったばかりで、今日は遊びに来ていたらしかった。
ディミトリの事はアオイから話を聞いているらしかった。
「ああ、厄介事ばかりを君のお姉さんに押し付けるクソガキさ……」
ディミトリはそう言って銃を降ろした。アオイも釣られて苦笑いを浮かべている。
「手術ならしてあげるから銃をテーブルに置いて……」
「分かった……」
ディミトリは素直に銃を置いた。
「これ、本物?」
銃というものを見たことが無いアカリは珍しがっている。
「ああ、まだ七発ぐらい弾が残っているはずだ……」
「使ったの?」
「ああ、四人殺って来た」
アオイの手がピクリと動いた。ディミトリが冗談を言ってないことは分かるようだ。
それから妹を見て台所に行けと顎で示した。妹も素直に従った。
アオイは自分のバッグから緊急救命キットを取り出す。病院で支給された特別な奴だ。
事故現場などで応急処置が必要な時に使われるキットだ。中にはメスや縫合ステプラーなどが入っている。
「局部麻酔をするね……」
スタンプに似た麻酔器具を使い、弾の入射痕の周りに麻酔を打ち始めた。
本当なら全身麻酔を掛けたいぐらいだが、アオイにはその技術を持っていなかった。
「切るよ?」
「お願いします……」
メスで入射痕を少し切り開き、鉗子を身体の中に挿入してきた。弾の位置を探るためだ。
痛みはあるが身体が震えるような痛みとはちがっていた。
防弾チョッキの隙間を通過している。だが、ケプラー繊維で織り込まれている布を抜けるのに弾のエネレギーを使い果たしてるようだ。
弾は皮膚の下で停まっていた。
「私が轢き殺した相手は妹のストーカーだった男よ」
アオイが自分が轢き殺した『ついてないおっさん』の事を語りだした。
「妹が中学生になったばかりの頃に、あのストーカー男に目をつけられたの」
はっきり言って美人姉妹だ。幼い頃から周りを彷徨く男が絶えなかった。
冴えない男を惹きつけるフェロモンでも出てるんじゃないかというぐらいにモテたらしい。
「一年ぐらい付きまとわれて、家を引っ越したりしたけど突止められたりしたの」
中でもストーカー男はしつこかったらしい。興信所を使って探したらしかった。
見た目は冴えない男の癖に、妙に自信たっぷりに話すので興信所が騙されてしまうのだ。
「警察に相談したら、警察が注意してくれた……」
普通のストーカーはここで諦めるらしい。
ストーカーの資質にもよるが、ストーカーに直接警告するのは危険な場合もある。
「その直後に妹はストーカーに誘拐されてレイプされたわ」
ストーカー男は自暴自棄になり、妹を拉致監禁したらしかった。
警察は直ぐに動いてくれたが色々と間に合わなかったらしい。
「結局、男は逮捕されて刑務所に…… でも、刑期が終わって釈放されたら再び妹の前に現れたの」
女の子に一生モノの傷を負わせるのに、この手の事件の刑期は意外と短いものだ。しかも、釈放されると足取りを追跡出来ないし、再犯される可能性が高い。従って、被害者が一生逃げ隠れしないといけない羽目になってしまう。
なかなか、解決の難しい性質の事件だ。
「お前を殺してやるってね」
カチンと音がした。銃弾が見つかったようだ。銃弾の周りを抉っているのだろう。グリグリと弄られる感触が伝わってくる。
「だから、妹を守る為にあの男を轢き殺したのよ……」
「そうか……」
これはディミトリに何かして欲しいと言うより、自分の闇の部分を吐露したかったのだろう。
人は自分の心の底に抱える闇からは目を逸らしたがるものだ。
アオイはディミトリに語ることで、心の負担を軽くしようとしているのだろう。彼は分かっているので黙って話を聞いていた。
「ちょっと、引っ張るからね」
麻酔されているとは言え、腹の中を弄られる感覚は伝わってくる。いつもながら慣れないものだ。
アオイはディミトリは腹から銃弾を取り出した。弾の先頭部分が少しだけ潰れているようだ。
白い皿の上にカランと転がされた。
「ステプラーで傷口を押さえるけど、当分の間は運動は厳禁よ?」
パチンパチンと音を立てて傷口が縫合されていく。最後は消毒ガーゼを当てて手術は済んだ。
「ありがとう……」
手当をして貰った事に、ディミトリは素直に礼を言っていた。
今度は気絶しないで済んだようだ。きっと、『ZEN』のイメージトレーニングが効いているのだろうと思った。
「内臓は傷が付いてないか分からなかったけど便の色に注意してね……」
内臓に出血がある場合に、大便はどす黒くなってしまう。きっと、その事を言ってるのだとディミトリは解釈した。
もっとも、その場合には専門の医者に見せねばならず、大事になるのは必須だろう。
「ああ、分かった…… これは手術代だ」
ディミトリは百万円の束をアオイに渡そうとした。もちろん手術費用と口止め料を含めた金額だ。
「そんな大金は受け取れないわ……」
「いいや、受け取れ……」
ディミトリは彼女の目の前にさらに札束を突き出した。
「受け取ればアンタも共犯になる。 そうでなければ―― 始末しないといけなくなる」
『始末』という単語を聞いた時に、アオイの肩がビクリと動いたのに気が付いた。意味が理解できたのであろう。
アオイは不承不承とういう感じで金を手にしていた。
もっとも、受け取らなくてもディミトリは気にしなかった。彼が強調したかったのは『共犯』というキーワードだ。
きっと、アオイはディミトリの事は誰にも喋らないだろう。寡黙であること。それは闇医者の掟に必要な資質だ。
ディミトリからすれば、アオイはこれからも便利な闇医者になってもらう必要があるからだ。
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