第27話 懲りない連中
自宅。
追跡装置取り出しの手術が終わって数日は普通どおりに過ごしていた。監視の目がどこに在るのか不明だからだ。
朝、学校に行って体力づくりをして飯を食って寝る。普通の中学生を演じているつもりだ。
追跡装置は腕時計風にしておいた。日中は身につけておいて、追跡装置の存在に気が付いてない振りを装う為だ。
ある日の朝。学校に行くと大串たちが集まって何やらひそひそ話をしている。ディミトリが通りかかるとピタリと止まったので、きっと良からぬ相談でもしているのであろう。ディミトリは目の端で見えていたが無視をしていた。
午前中の授業が終わり昼休みになると大串の子分のひとりがディミトリの所にやってきた。
「ちょっと屋上まで付き合ってくれ」
彼は何やら思いつめた表情ながらも、ぶっきら棒にで言ってきた。どうやら彼は、ディミトリと会話するのが苦手なのだろう。
顔にそう書いてあるような態度だったのだ。
(まったく、懲りない連中だな……)
朝の大串たちの様子からして、また喧嘩を売りに来たのだとディミトリは解釈したのだ。
子分の後に続いて屋上に出る階段を上る。施錠されているはずが開け放たれたドアの外に大串は居た。
大串は屋上の真ん中で仁王立ちしていた。虚勢でも張っているのであろう。
「なんの用だ?」
ディミトリは大串に尋ねながらも、周りに気を配っていた。注意を引き付けながら後ろから襲いかかるのは常套手段だ。
相手が厄介な奴の場合、ディミトリならそうするからだ。
子分の一人は、階段の入り口を見張るように残っている。大串の側には一人しかいなかった。
「お前に頼みがあるんだ」
だが、大串の口から出てきたのは意外な一言だった。
「え?」
大串たちはディミトリに喧嘩では無く、相談があって呼び出したようだった。
頭の中でどうやって迎え撃つか、シミュレートしていたディミトリは拍子抜けしてしまった。
「実は俺のツレが揉め事に巻き込まれてるらしいんだよ……」
「誰?」
「いつだったか本町のカラオケ屋ですれ違ったじゃないか」
ディミトリは追跡装置の確認の為に行ったカラオケ屋を思い出した。その時に大串が誰かと一緒だったのは覚えている。
関心が無かったので顔までは覚えていなかったが、ケバケバしい女が一緒だったような記憶が蘇ってきた。
ディミトリは敵になりそうな人物なら覚えるが、それ以外には興味が無いのだ。
「ああ、あの娘の事か…… 普通は彼女って言わね?」
「そういうんじゃねぇよ」
大串の話では、彼女がパパ活をしていて厄介事に巻き込まれたらしい。
「パパ活って何だ?」
聞き慣れない単語にディミトリは聞き返した。
「大人に良い事をしてあげる代わりに、金や飯を貰ったりする事だ」
「要するに売春か?」
少し前までは『援助交際』と言っていたが、最近では個人でする売春の事を『パパ活』と呼ぶらしい。
名称を誤魔化しているのは罪悪感を薄める為であろう。だが、やってることは何も変わらない。
この国には『暴力』事件や『傷害』事件を『イジメ』と別称にして、罪を逃れようとする小賢しさを感じる事がある。
きっと、目の前にある不愉快さから逃れたいのだろう。それで問題が無くなる事も解決する事も無いのだが気にしないらしいのだ。
「まあ、似たようなモノらしい……」
ディミトリに現実を突き付けられた大串は俯いてしまった。彼にも思う所が有るのだろう。
「そんな事をやってるとは知らなかったんだ……」
大串が言い訳を付け加えてきた。
(まあ、自分の彼女が売春をやっていたなんて事は信じがたいもんだよな……)
だが、ディミトリは自分が呼ばれた訳が分からなかった。他人のカップルの痴話喧嘩なんぞに興味が無かったからだ。
「で?」
「それで、新しく引っ掛けた相手がクスリの売人だったみたいなんだよ……」
日本の学生というのは向こう見ずな所が在るらしい。初めて合う相手に何の準備もせずに会いに行って、そのまま殺されてしまうという事件が時々マスコミを賑わせたりしている。
(何でケツ持ちも置かないで危ない商売するかなあ……)
外国の売春婦は個人で営業する事が無い。客はスケベでどうしようもないクズだと知っているからだ。
客との間に揉め事が起きた時には、解決するための手段を持ち合わせている物だ。そうしない簡単に殺されてしまう。
だから、地元のマフィアに用心棒代を支払って身を守る。
「それで、クスリをかっぱらおうとして、ブツを駄目にしてしまったらしい」
「えーーーーっと……」
話の続きを聞いてディミトリはズッコケてしまった。突っ込みどころが多すぎて迷ってしまったのだ。
薬を売り捌く奴がまともな訳が無い。そんな危ない奴から商売モノを盗み取ろうと考えるなんてどうかしている。
(何を考えているのか分からん女だな……)
しかも、かっぱらいに失敗しているし、随分と鈍い女のようだ。
(だが、クスリの売人か…… これは金の匂いがするな……)
面倒事に巻き込まれる予感はするが、それ以上に魅力的な匂いに気が付いていたのだ。
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