第20話 一人カラオケ

自宅。


 ディミトリは病院の事務室に侵入して、職員名簿から鏑木医師の住所を手に入れていた。

 侵入と言っても誰もいない瞬間を見計らって室内に入っただけだ。

 何故か不審がられなかったのは謎だが、業者か何かと間違えられたのだろうと考えることにした。

 自宅はディミトリが住んでる市内であった。確かデカイ家がたくさんある地区だ。


 帰宅したディミトリは携帯型超音波診断機を作動させた。超音波端末にローションを塗って自分の腕に当ててみる。

 黒いベルトを巻いていた付近を真っ先に調べた。すると左腕の上腕に何かが有るらしいのは分かった。


(こんな玩具みたいなのでも役に立つんだな……)


 画像部分に白くて四角い物が映されている。金属なので超音波を全反射してしまうので真っ白なのだ。

 位置関係を考えると腕の裏側に当たる部位だ。


(確かに日本ってのは先進国なんだな)


 妙なところで感心してしまった。日本の民生品は凄いものだと認識を新たにしたのだった。


(此処じゃ目視では分からない訳だな)


 確かに腕の裏側など見る機会はそうそうには無い。むしろ無関心なのが普通だろう。

 そこに目をつけて追跡装置を埋め込んであるのだ。


(こういう事に手慣れている組織だな……)


 自分が相手しているのは諜報機関である可能性が出てきた。

 警察であればこんな事はやらない。彼らは逮捕して威嚇して黙らせるのを得意としている。


 諜報機関は対象の詳細な情報を得るのが目的だ。泳がせる為に追跡装置などを使いたがる。

 そして目立つのを嫌がる。事件化するぐらいなら対象を抹殺するのも手口だ。

 これは万国共通の習性なのだろう。


 腕の後は身体のアチコチを超音波診断装置で見てみた。

 見た感じでは腕以外に反応があった部位は無い。


(とりあえずは此処までにしよう…… ヌルヌルして気持ち悪いや……)


 全身がローションまみれに成ってしまったのでシャワーを浴びることにする。


(ド貧乏国家の市民が先進国に行きたがる訳だな……)


 シャワーを浴びながらそんな事を考えていた。

 先進国ではネット通販で色々な物が購入できるので便利だ。

 レントゲン撮影なら確実だが、個人で手に入る代物では無いので諦めた。

 大体の場所は分かったので、再び鏡に写して場所を探す。

 すると薄っすらと細い線が見受けられた。ここが追跡装置が埋め込まれた手術跡に違いないと目星を付けた。


(次は本当にそうなのか確かめる番だな)


 アームカバーを買ってきて肘の部分で切り離した。外側にアルミ箔を貼り付けて、さらに布を貼り付けた。

 これで上腕がカバーされ簡単に電波が遮断出来るはずだ。何より簡単につけ外しが出来る。


 そこまで準備したディミトリはショッピングセンターの近所にあるカラオケ屋に向かった。

 無論、家からは不審車の連中に見つからないようにコッソリ抜け出している。

 自作の『追跡装置電波遮断カバー』を巻いている場合と、巻いてない場合の違いを確かめる必要があるからだ。

 その店はコンテナを改造したカラオケルームがあり、外を見張ることが出来るのだ。


 遮断カバーを付けて店に入り、道路に面したボックスを割り当てて貰う。

 そこから道路を見張りながらカラオケを歌っていた。


 三十分ぐらい歌っていたが彼らが現れないのを確認すると遮断カバーを外してみた。

 ロシアのラップ歌手の歌を歌っていると、彼らがやってくるのが見えた。


(どうやら遮断カバーは機能しているようだな)


 ディミトリは不審車を見ながらニヤリと笑った。

 何故こんな面倒な事をしているのか言うと、こちらが追跡装置の存在を知っていると思わせないためだ。

 カラオケボックスに入っているので、電波が不調だったのだと勘違いさせるためだ。

 でなければ金の無い高校生カップルがラブホ代わりにしてる所なんぞに来ない。


(結果は上々…… 帰るか、ここは臭くて叶わない……)


 店を出ようとしたら大串が彼女と来店したところだった。

 向こうは『うげっ』とした顔をしていたが、ディミトリは爽やかに挨拶して別れた。


「何アレ、一人カラオケってダサくない?」

「よせっ……」

「どうしたの?」

「良いから……」


 そんな会話を背にしながらディミトリは帰っていった。勿論、不審車も距離を保って付いていった。



 帰宅したディミトリは鏑木医師のスケジュールを思い出そうとしていた。

 家に帰るより前に侵入して、色々と下調べをしたかったからだ。今夜は当直で留守にしているはず。

 帰宅するのは明日の夕方以降であるはずだ。


(御宅訪問は夜中だな……)


 医者の自宅に押し入った。玄関の所に警備会社のシールが貼られているのが見えている。

 金持ちだし防犯に気を使うのは当然だろうと考える。


 警備会社の防犯システムとは窓などに振動センサーが付けられている。

 つまり、ソッと開けてもセンサーが反応して警備会社に通報が行ってしまうのだ。


 だが、ディミトリも対処法はいくつも知っている。強襲の作戦時にはセンサーに反応しない場所を調べてから入るからだ。

 今回は二階の屋根裏部屋だ。そこには通気口があり、年中開いているのは見ていたからだ。

 雨樋を使って屋上に上がり、天井裏にある納戸の窓から侵入してやった。


(これじゃあ、まるで猿だな)


 自分の事をそんなに風に例えてクスクス笑ってしまった。


 家の中に侵入したディミトリは家探しをした。コレと言って目的が有るわけではないが手がかりぐらい欲しかったのだ。

 だが、綺麗に片付けられている室内にはめぼしいものが無い。余計なものを置かない主義なのかもしれない。


 しばらく家探しをしていると、家の門が開く音が聞こえた。鏑木医師のご帰宅だ。

 鏑木医師は電話で誰かと話をしながら部屋に入ってきた。部屋の電気を点けようとして動作が停まっている。


「約束が違うじゃないかっ!」

「……」


 どうやら深刻な話のようだ。

 何かに酷く憤りを感じて怒鳴り散らしている。


「もういいっ!」


 それだけ言うと電話をしまい込んだ。どうやら相手とは物別れに終わったようだ。


「ったく……」


 検診の時に見せる温厚さなど、微塵も感じさせない様子にディミトリは少し驚いた。

 だが、今はどうでも良い。彼に話があるからだ。


「先生お帰りなさい……」

「え!?」


 鏑木医師が部屋の灯りを点ける前にディミトリは声を掛けた。

 暗がりからする声に先生は酷く驚いたようだ。


「誰だっ!」


 先生はそう言いながら部屋の灯りを点けた。


「待ってましたよ。 デートでもしてたんですか?」

「……」


 ディミトリはそう言ってニッコリと笑った。

 突然の出来事に鏑木医師は相手が誰だか分からなかったようだ。


「若森くんじゃないかね…… 君こそ、何でここに居るのかね?」


 だが、ディミトリを見て少し驚いたようだが冷静さを取り戻した。

 鏑木医師は盛んに外の様子を気にしている。


「見張りのことを気にしているんですか?」

「……」

「大丈夫」


「連中は俺がどこに居るのか分からないようにしてあるんだよ」


 ディミトリは左腕をまくってみせた。上腕には遮断カバーが巻かれていた。


「それは……」

「ああ、追跡装置が此処に埋まってるんだろ?」


 ディミトリがニヤリと笑ってみせた。鏑木医師は明らかに動揺していた。

 ここで知らないふりをするようならディミトリの勘違いだったが彼は分かっているようだ。


「大丈夫、電波が出ていないのは確認してあるからさ……」

「……」

「ファンクラブのおっちゃんたちは俺が自宅に居ると思って安心しているのさ」

「……」


 鏑木医師は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。


「さあ、知ってることを教えてもらおうか……」

「な、なんの話だ!」


 鏑木医師は知らない振りをしようとしている。


「おいおい…… この段階で惚けても無駄だよ……」

「俺は何もしらんぞっ!」


 鏑木医師はなおも白を切り通そうとした。だが、無駄だ。


「俺が元々誰だかは知ってるんだろ?」

「……」

「じゃあ、元の商売も知っている訳だ……」

「優しく聞いて欲しいのか、激しく聞いて欲しいのか…… どっちだ?」


 ディミトリの手には自作のスタンガンが握られている。


「俺は激しい方が好みだがな……」


 スタンガンをバチバチ言わせながら詰め寄ってみた。


「わ、私は頼まれて『クラックコア』の経過観察をしていただけだ……」


 鏑木医師は動揺を見せ始めた。やはり、この手の人種には目に見える暴力の方が効果があるようだ。

 日頃から持て囃されているので、悪意を向けられることに慣れていない。そして、尋問されることにも慣れていない。

 少し脅すだけで簡単に口を割ってしまう。


「クラックコア?」


 ディミトリは聞き慣れない用語に戸惑ってしまった。

 詳しく話をさせようと、ディミトリが鏑木医師に一歩近づいた。


バスッ


 不意に鈍い音が窓から響いた。見ると窓に小さな穴が空いている。

 それと同時に鏑木医師の頭が半分消し飛んでいくのが見えたのだ。


(狙撃っ!)


 ディミトリはすぐさま床に伏せて、這いずって窓際に移動した。

 状況もわからずに出入り口に行くのは間違いだ。優先しなければならないのは狙撃手の射角から消えることだ。

 狙撃手は目標を狙撃した後に出入り口に照準を合わせる。そうしないと目撃者が逃走してしまうからだ。


(くそっ! くそっ! くそっ! 折角の手がかりが消えちまった)


 鏑木医師は床に転がっている。頭の付近からは血が出ているのが見える。

 死体からは何も情報を聞き出せない。


(何故、俺がここに居るのが分かったんだ?)

(まだ、追跡装置があるのか?)


 色々と疑問が残ってしまった。だが、優先すべきはこの屋敷からの脱出だ。


(ええいっ! 何もかも上手く行かねぇっ!)


 その時。ディミトリの首筋を『ザワリ』とした感覚が襲ってきた。

 人が発する殺意だ。なかなかに懐かしい感じのする感覚だった。


 外を覗くと全身黒ずくめの男たちが乗り込んでくるのが見えていた。


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