今、まさに現実逃避したいんだが……


 駿は落ち着かなく社長室の中を歩き回っていた。


 ついに未悠に言ってしまった。


 以前、未悠が、自分は両親の実の子ではない、という話をしていたから、もしかしたら、知っているのかも、とちょっと思っていたのだが。


 自分が他の女と結婚すると言ったときの反応も、今朝の反応も、なにも知らない人間のそれだった。


 やはり言うのではなかったか。


 いや、言わないでいても、どうにもならないのだが、と思っていると、誰かがドアをノックした。


 一瞬、未悠か? と思ってしまったが、堂端だった。


「今朝の報告書、作り直させました」

と言って、書類を手渡し、行こうとした堂端だったが、足を止め、振り返る。


「社長、こんなこと言うのは、さしでがましいのですが。

 海野にやさしくしてやってください」


 どうした? と思った。


 今まで、堂端はどちらかと言えば、未悠を疎んじていたのに。


 すると、堂端は微妙な顔になり、

「今、やさしくするのも問題かもしれませんが。

 放置はしないでやってください。


 あれ、ヤバイです」

と小声で言ってくる。


 ……どうヤバイんだ。


 もともと未悠に好意的でない堂端が、未悠を哀れむような顔をして言ってくるので、余計に不安になった。


「……わかった。

 夜にでも少し話してみる」


 そう言うと、堂端は、ありがとうございます、と頭を下げて出ていった。


 未悠のことで、堂端に礼を言われるのもおかしな感じだが、と思いながら、その後ろ姿を見送った。





 夜、ひとりになった未悠は、順番がおかしいな、と思っていた。


『そいつは俺の妹だ』


 社長のあのセリフを聞いてから、現実逃避して、夢の世界で社長そっくりの王子様と恋に落ちるのならわかるのだが。


 先に現実逃避して、帰ってきたら、この有り様だ。


 困ったぞ。


 今、まさに現実逃避したいんだが、どうしたらいいんだろう、と思いながら、未悠は部屋のベッドの上に正座していた。


 だが、自分があの人の妹だというのが本当なら。


 あの人が他の人と結婚するというのは、それが原因なのかもしれない。


 だったら、自分を嫌いになったとか言うわけではないのかも……。


 でも、社長が最初から、私が妹だと知っていたという想定も出来るな。


 単に、それで可愛がってくれていただけだとか?


 ……いや、何度か無理やり迫ろうとしてきたよな?


 妹だと知っていたのなら、あれはないんじゃないか?


 そんなことをぐるぐると考えていると、チャイムが鳴った。


 何故だろう。


 その音を聞いただけで、社長だ、と思った。


 一瞬迷ったが、ドアを開けると、駿はいつものようそこに立ち、

「……メシは食ったか」

といつものように言ってきた。


 いつもよりも、元気はなかったが――。


「食べてません。

 食欲がなくて」

と言うと、


「昼はガッツリ食ってたろ。

 中村が見てたぞ」

と言ってくる。


 総務の中村次長だ。


 なんか笑いながら言ってたんだろうなーと思う。


 平和だな。

 私の心の中以外は、と思いながら、社長はどうなんだろうな、と上目遣いに窺う。


「昼はまだ実感なくて、食欲もあったんですよ」


「……未悠」

と呼ばれ、はい、と答える。


「俺の話を聞いて、食欲がないということは。

 お前は俺を好きだということか?」


 ……どうしてこの人は真正面から、こういうことを訊いてくるんだろうな、と思う。


 そういうところが、アドルフ王子と似ているような、似ていないような――。


 アドルフの方がちょっとお坊っちゃんっぽいかな、と思っていると、

「じゃあ、あの話は、聞かなかったことにしてくれ」

と駿は大真面目な顔で言い出した。


「聞いちゃったんだから、もう無理ですよ」

と言うと、……そうだな、俺もだ、と言う。


 結局、二人で食べに、というか、呑みに行くことになり、一緒に部屋から出る。


 廊下を歩いていると、駿が言ってきた。


「そうだ。

 堂端が心配してたぞ。


 お前にやさしくしてやってくれと言ってきた」


 ははは、と未悠は思わず、笑ってしまう。


 あの堂端さんに心配されるとは、と思ったのだ。


 まあ、今、振られたばかりの女が、振った男そっくりの王子様と花畑で出会ったとか言い出したら、こいつ大丈夫か、と不安になるよな、とは思う。


 未悠は少し冷静になった頭でそう思いながら、駿と一緒に、近所の安くて美味しい居酒屋へと向かった。





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