よくわからない娘だな


「未悠ちゃん!

 本当に王子様まで」


 夜だとマスターが忙しいし、客も多く、警備が大変なので、酒場に帰るのは翌日の昼になった。


 悪魔タモンを残していくのが気がかりだったが、あんなものが刺さったままの人間を町中に連れていっては騒動になりそうなので、城に残した。


 エリザベートが、

「タモン様はわたくしが見張っておりますので、ご安心を」

と力強く引き受けてくれたことだし。


 ……本当に一挙手一投足見張っていそうだ、と未悠は思う。


 エリザベートのその言葉を受け、タモンが、いや、連れてってくれ、という顔でこちらを見たが、アドルフも未悠も見てみぬふりをした。


 頑張ってください、悪魔の人。


 悪魔なんだから、と思いながら、未悠は、そう離れていたわけでもないのに、なんだか懐かしく感じる酒場で、おかみさんと話していた。


 マスターとアドルフは昼間から酒を酌み交わしている。


 未悠を頼みます、とマスターは強くアドルフの手を握っていた。


 アドルフがマスターに用意したお金を渡そうとすると、マスターはそれを断った。


「いりません。

 なんだか手切れ金みたいな感じがするから。


 それより、たまには未悠ちゃんを遊びに来させてください。


 それに、大金があると、強盗とか入ったりして困るでしょう?

 我々は、貧乏なくらいでちょうどいいんですよ」


 そう笑い、お付きの兵士たちまで、散々もてなしてくれた。





 帰りの馬車の中、未悠はアドルフに言った。


「もし、よろしかったら、お城の兵士の方達に、町に出たときは、マスターの店にって宣伝してあげてくださいね」


 すると、アドルフは、

「それは構わないが。

 そんなことしなくとも、いずれ、お前が妃に選ばれたことを民達にも公表すれば、あの店は客で溢れ返ることだろう」

と言ってくる。


「……ところで、未悠。

 道が違わないか?」


 未悠は窓の外を見ながら、

「違いませんよ」

と言う。


「このまま、まっすぐお妃様の滞在されている城に向かいます」


 出る前に、そう指示していたのだ。

 アドルフ様がそう言われていると、みなに言って。


「なんでだ。

 行かないと言ったろうっ」


 戻せっ、とアドルフは叫び出す。


「どうかされましたか?」

と前から御者の声がした。


「いいえ、なにも。

 長距離の移動、すみません」

と未悠が中から叫ぶと、いえ、とんでもない、と恐縮した声が聞こえてきた。


 張り切ってくれたのか、なんだか馬のスピードが速くなった気がする、と未悠は、アドルフの口を手で押さえたまま思った。


「未悠っ」

と無理やり手を外される。


「はっきり訊いてみましょう、お妃様に。

 このままずっとこだわっているだけというのも嫌じゃないですか」

と言うと、そこじゃない、と言われた。


「今、文句を言ってるのはそこじゃない」


 は?


「新妻だろ。

 俺の口を塞ごうと思ったら、もっと違う方法はないのか」

とアドルフは大真面目に語ってくる。


 ……突然、こういうことを言い出すよな、この人は、と思いながら、未悠はアドルフを見つめた。


 シリオ様みたいに、ペラペラと口が軽いわけでもないのに。


 口調が重いだけに、笑い飛ばせなくて怖いんだが……と思いながらも、未悠は言った。


「ありません。

 新妻でもありません。


 あと、俺になってます、アドルフ様」


 そういうしゃべり方をされると、社長を思い出すので、ちょっと嫌なんだけど、と思っていると、

「お前にくらい気を許してもいいだろう」

と言って、アドルフは未悠の両の手首をつかんでくる。


 いやー。

 やめて欲しいなーと思っていた。


 その顔で、そんな風に言われて、見つめられると、貴方を好きなんじゃないかとか、勘違いしてしまうじゃないですか。


 そんなこんなで揉めている間に、城が見えてきた。


 アドルフが住んでいる城より小振りな白いお城だ。


 王族の人間がゆっくりしたいときに使う、別荘のようなものらしい。


 お城の周りには堀があり、跳ね橋があった。


 これはこれで守りが堅そうだ。


 今、王妃が居るように、なにかあったときに、女性たちを避難させておく場所なのかもしれないと思った。


 王室の紋章の入った馬車は止められることなく橋を通る。


 涼やかな水の気配が馬車に乗っていても伝わってきた。


 しかし、姑さんか、と未悠はまだ見ぬ王妃はどんな人なのだろうな、といろいろと思い浮かべてみていた。


 本当に結婚するかどうかもわからないので、本当に姑になるかどうかもわからない。


 だから、姑との初対面としては、少し気楽なような気もしていた。





「初めまして、未悠と申します」


 アドルフに連れられ現れた娘が、自分の前で優雅にお辞儀をする。


 ユーリアは嫁となる、未悠という娘を観察していた。


 酒場の娘と聞いていたが、品があるな、と思う。


 シリオが見立てたとかいうドレスの雰囲気は柔らかく、美しくスタイルの良いその娘を更に引き立てて見せていた。


 息子を産んで以来、どんな娘が嫁になるのかと、たまに想像してみてはいたのだが……。


 なんだか予想の斜め上を来たな、とユーリアは思っていた。


 恋愛に興味などなさそうなアドルフのことだ。


 誰かに押し切られて、あの目から鼻に抜けたような、聡すぎて扱いの難しいアデリナか。


 権力欲の強い父親を持つシーラ辺りをつかまされてくるのではないかと思っていたのだが――。


 未悠の横で沈黙しているアドルフに未悠は、

「どうしたんですか。

 早く訊いてください」

と小声でなにやら急かしている。


「今かっ?」

 空気読めっ、とアドルフが未悠に言っている。


「ちょっと歓談して、様子を伺って、人気のないところで、そっと切り出すものではないのか」


「そんなこと考えてたから今まで訊けなかったんじゃないですか。

 過去のことは追求しなくていいんですよ。


 誰にでもいろいろあるものなんですから。

 自分が誰の子なのかだけ、さりげなく伺ってください」


「どうさりげなく伺えというんだ。

 この状況でっ」


「今訊いても大丈夫ですよっ。

 この城には、お妃様が気を許されたものしか居ないはずです」


 未悠はそう言い切る。


 それはそうだ。

 人々の前に王妃として居ることに疲れたときに、こうして、別荘地を回っているのだから。


「空気を読んで、先延ばしにしてってやってるうちに、此処まで来ちゃったんじゃないですか。


 過去をすっきりさせ、新しい未来を紡ぎ出していきましょうっ。


 いや、私が一緒に紡ぐかどうかはわからないですけど」


 未悠は此処に来たときの勢いが消えないうちにと早口にアドルフを説得しようとしていたが、

「どうしたいんだ、お前は……」

と言われていた。


 確かに。


 嫁になる予定がないのなら、アドルフが過去を吹っ切ろうとどうしようと、どうでもいいことではないか。


 単なる世話焼きなのか。


 なんらかの理由により、アドルフが好きだと認めたくないだけなのか。


 よくわからない娘だ。


 二人の会話を聞きながら、ユーリアは思っていた。


 親だと安定した未来の見える相手しか選ばないからと、本人に選ばせたのだが。


 ……こんなに未来が見えてこなくて大丈夫なのだろうか。


 いささか不安になってきたな、と思いながら、息子たちを眺めていた。



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