新井さんの寿命はあと何年? 2

「柴ちゃん、おはよっすー!」


「おお、新井さん。おはよっす!」



試合開始5時間前。ビクトリーズスタジアムに隣接するクラブハウスでトレーニングウェアに着替えて食堂へ。


今日おすすめの海老天うどんにいなり寿司を2つ添えて、同じメニューを食す柴ちゃんの横に座った。


「今日は少し寒いから、あったかいうどんが美味いっすねー」


と、柴ちゃん。うどんのだしをすすりながら海老天を頬張る。



彼が言う通り、10月の中頃に差し掛かってくる時期にしては少し寒い。気温は今15度くらいあるが試合が始まる午後6時になるころにはもう少し寒くなってしまうかもしれない。


試合を見に来ると言っていたみのりんが風邪を引いたりしないか心配だ。



「おはようっすー!!」



「おお、桃さん。おはよっす!」



「おはー」



俺のすぐ後に、同じくお盆に海老天うどんと普通のおにぎりを乗せた桃ちゃんが登場。外野手3人が揃ってしまった。



「いやー、昨日駐車場にスマホ落として画面割れちゃいましたよー。ビクトリーズスタジアムの地面固すぎ!」



桃ちゃんは俺の向かい側に座ると、そんなことを言い出しながらうどんを啜り始める。



そしてさらにそのすぐ後に同じ外野手の杉井君がやってきたのだが、俺達とは少し離れたところ。



若手の投手陣グループを間に挟むようにして見えにくい位置のテーブルに着いた。



よくつるんでいる時の俺達とは少し避けている感じだ。






そりゃあ、出場機会を求めて京都のチームから新しく出来たビクトリーズに移籍してきた。


経験不足な1軍半、数年くすぶっていたかつてのレギュラー選手で構成されたメンバー。安定した守備力と走力で期待された彼。



しかし、いざシーズンが始まってみたら、下位指名入団のルーキー3人が外野のレギュラーを独占している状態なんだから、杉井君にしてみれば面白くない。


評判通り、足は速いし外野守備も上手い。一昨日スカイスターズとの試合でのスーパーバックホームがあったように、1軍でも十分に通用する強い肩も健在。



若い選手が多いチームの、第4外野手としては十分なスペックだが、そんなポジションでは1軍半だった京都時代と変わらない。


86試合に出場してはいるが、打席数が104では本人も納得してはいないだろう。


それでいて、1ヶ月間離脱した走塁時のケガもあったしね。


ビクトリーズは今日が最終戦だが、杉井君にとってはまだまだ終わって欲しくないと思っていることだろう。



そう言った意味では俺とは逆だ。



残り試合が10試合を切ったくらいからチームの最下位が決まってしまったし。


規定打席には届かないことが確定してからは、個人的にはなるべくこのまま順調な感じで早くシーズンが終わらないかなと、そんな風に考えてしまっていた。







何故なら、なるべく高い打率でシーズンを終えたかったからだ。



今の俺は339打数140安打で、打率.412。


ルーキーはおろか、プロ野球選手としての打率としては正直脅威の数字。ある意味ファンタジーとも言える。


出来ることなら今のままで、こんな数字のままで今日の試合が終わってしまわないかなと考えている。



これがもしホームランや打点の数が凄かったりしたら、話は別。チームメイトを殴ってでも試合に出ようとするけど、打率は別。



打率って下がるんですもの。



3打数1安打でも下がるんですもの。



今シーズンはもう試合に出たくありませんわ。



そんな気分になってしまっていた。



ならば、少しでも高い打率を残して、暮れの契約更改でその剣を振りかざしてやろうと思ったわけ。やっぱり数字上での見映えというのは大事じゃないですか。



打率3割ちょうどと、2割9分8厘では全然違うんですよ。



ブンブンと振り回しつつ、時には泥水の中に落ちたあめ玉を拾い上げるような気持ちで、これからの為に、1万円でも高い年俸をゲットしなくちゃいけないもの。



もう28歳。後何年野球が出来るか分からない。身体的にはここからはどうしてもピークアウトに向かいつつある年齢なんだから。



今年がルーキーイヤーなのにだ。








そういう意味の怖さはいつでも付きまとっていた。


調子が悪くてヒットが出なかった試合なんかは特に。


もしかしたら、明日からは1本のヒットも打てなくなるんじゃないか。バットにすら当たらなくなるんじゃないかと不安になるのだ。


試合に負けてベンチからから引き上げる時も、私服に着替えている時も、ロッカーで全裸になって踊っているところを思いっきり真正面から宮森に見られた時も。


いつ戦力外になってしまうか分からない。そうなったら俺は一体どうすれば……。またアルバイト生活に戻ってしまうのだろうか。そうなってしまった時、みのりんは変わらず俺にご飯を作ってくれるのだろうかと。



そんな不安はいつ何時も俺の頭の中をぐるぐると回っているのだ。



だからこそ毎日を頑張らなきゃと、少しでもいい成績でシーズンを終えたい。


なんなら、貴重なインクリボンを消費してでも、教会でのお祈りが必要になろうとも、出来ることなら毎日セーブしておきたい。


なんて考えになるのは、俺の頭がゲーム脳というだけでなく、常に最悪の状況に備えてのネガティブな思考回路から抜け出せない保守的な考え方。幼い頃からの一種の貧乏性みたいなものが俺の中に深く根付いているからなのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る