お弟子とバッティングセンター屋さん
「それじゃあ私もチームのみんなにお土産買っていこっと。………えーっと、おばあちゃん。これは1つおいくらですか?」
「20円だよ」
「へー。これは?」
「30円だよ」
「へー。このちょっとおっきいのは?」
「50円だよ。………お嬢ちゃん。大人からは消費税をいただくからね」
鍋川ちゃんはそんな様子で、おばあちゃんの寿命をつなぐ大切なみかんを頬張りながら、年季の入った緑色のかごに駄菓子を移していく。
俺はビンのコーラの栓を抜いて外で1杯やっていると、おばあちゃんの娘さんが帰ってきた。
畑仕事帰りの50過ぎのおばさまだ。
「あら、新井くん。来てたのね」
「ええ、うちの外国人コンビにお土産を……」
「あら、そう。わざわざ休みの日に、あなたったら優しいのね」
また優しい言われた。
「そうだ、聞いてよ新井くん。うちの娘ったら、ずっと部屋に籠ってゲームばっかりやってるのよ、それも銃で人を殺すようなゲームを………」
「ふーん」
俺がゲーム好き系野球選手だと知っていたのか。おばさまは唐突にそんな話をしてきた。
「ダメでしょう、そんなゲームばっかり。なんでもインターネットで知らない人とそんなゲームをやるんですって。嫌になっちゃうでしょ? 物騒な世の中なのに」
「まあねえ。……でも、そんなに心配する必要もありませんよ」
恐らくおばさまが言っている、銃をバンバン打って人を殺すゲームというのは、俗に言うFPSと呼ばれる戦場の疑似体験ゲームのことだろう。
最近、コールオブフィールドというビッグタイトルが発売されたし。俺も発売日に買ってちゃっかりこそこそとプレイしているし。
「おばさま。別にああいうゲームは見た目程残虐性があるわけじゃなくて、リアルを追求しているシューティングゲームだから………あれよあれ。
昔あったインベーダーゲームと同じようなもんよ。今ではああいうゲームの世界規模の大会が開かれるくらい人気があるやつだからね。競技性が高いから他のプレイヤーとどれだけ連携が取れるかが重要だし。
別に人を殺しているわけじゃないし、あくまでゲームのキャラクター同士で撃ち合いごっこしているだけよ。だからそんなに心配しなくて大丈夫よ」
「あら、そうかしら。もう少し様子見することにするわね」
俺の必死な説明がなんとか伝わったようで、心配で仕方がないようなおばさまの表情が少し和らいだ。
見ず知らずの娘さんとやらをなぜ弁護したのか自分でも分からない。しかし、同じゲームを恐らくはプレイしているだろうその腕前をお目にかかりたかったが、それはさすがに図々しいか。
「そうだわ、新井くん。みかん食べる?」
そしてこの駄菓子屋さんは俺にすぐみかんを食べさせようとする。
ビタミンが足りていないとでも言いたいのだろうか。
「どうもありがとうねえ」
「どもー!」
「またねー、おばあちゃん」
結局鍋川ちゃんも最初は駄菓子を買い漁る俺に対してビービー言っていたけれど、結局は大きな袋いっぱいに同じ駄菓子を大人買い。
寮に住むチームメイト達に配るといって4000円分くらい購入していた。
俺と合わせてちょうど1万円。おばあちゃんは今年1番レベルのホクホク顔で、最後は杖をついて外まで出て来て、俺達2人を見送ってくれた。
「ししょー! それでは、野球を教えて下さい!」
まだ駄菓子屋が見える位置だというのに、鍋川ちゃんは唐突にそう俺にリクエスト。
「やだよ、せっかくのお休みなのに。今日くらい野球のことは忘れたいんだよ。君も野球選手なんだから、そういう気持ち分かるでしょうに」
俺はあからさまに嫌な顔をしてそう反論したが、このお弟子さんときたら聞く耳持たずといった感じで、駄菓子屋の袋を手首にかけて、両方の拳を力強く握る。
「春先の静岡の旅館の時といい夏のバーベキューの時といい、せっかくししょーに秘伝の打撃術を学んだというのに、まともに試合にも出れないなんて、1番弟子として恥ずかしいですからね!しっかり面倒を見てもらわないと!」
だからいつから俺の1番弟子になったんだよ。
そんなこんなで、めちゃくちゃ腹が減っているというのに、俺は駄菓子屋から歩いていける距離にあるバッティングセンターへと連れていかれた。
ゴルフの打ちっぱなし場の横にある少し古めかしいバッティングセンター。8打席ほどあるくらいのなかなかの規模だが、平日のお昼時。客は俺達以外にはいない。
夕方や休みの日ともなれば、近所の野球少年達などで賑わうのだろうが。
「ししょー!私のバッティングを見ていて下さいね! あ、お菓子の袋を落とさないで下さいよ!」
鍋川ちゃんは、俺に自分の駄菓子袋を持たせると、嬉しそうに財布から100円玉を取り出して、120キロのバッティングゲージに入った。
そして、いっちょまえに左打席に入り、機械から放たれたボールをカキンカキンと打ち返す。
しばらく見ていたが、足場が固いゴム製のバッターボックスであることと、靴が普通のスニーカーであることを差し引いても、彼女の体がブレすぎだ。
タイミングを取ろうと足を上げると、背中側に体重が傾き、ボールを打ち返す瞬間には、お腹側に力が逃げて、バットを振り切ると、今度はお尻側に重心がブレてしまっている。
これではボールに十分なパワーが伝わらない。
春先に指摘した悪い癖がまだ治っていなかった。
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