お弟子と駄菓子屋さん

「ししょー、今日はお出かけですか?」


少しばかりなつっこい目で、鍋川ちゃんは俺の顔を覗き込む。


「ああ、ちょっと用足しにね」



「今日は移動日ですもんね。相変わらずししょーはすごい活躍ですね。尊敬します」



静岡の沼津で初めて会った頃は、なんだか人見知りが激しそうなくらいガードが固い印象だったが。


今や俺に尊敬の眼差しを送る鍋川ちゃん。黒く少し無造作な感じのボーイッシュなショートヘアの向こう側。


駅ならではの無機質なアナログ時計がちょうど正午を示しているところだった。



「ししょー、明日ビクトリーズは最終戦なんですよね。私、応援に行きますよ。夏はししょーが私の試合を見に来てくれましたからね。今度は私がしっかり応援しないと!」


そう言って鍋川ちゃんはビクトリーズのロゴマークの入った真っピンクなチケットケースを取り出す。側のコンビニで発券してきたばかりらしい。


ししょー思いの律儀なお弟子ですこと。



「ところで鍋川ちゃんはどうよ。今シーズンは試合には出れたのかい?少しは試合で活躍してくれないとこっちも指導のし甲斐ってやつがさー」



「……………」




鍋川ちゃんは途端に押し黙った。色々察した。




「あら、そう。………まあ、来年は頑張れよ」




「はいっ!!」








「鍋川ちゃんはまだ20歳でしょ。大丈夫、大丈夫。これからだって。いくらでも上手くなれるから」


「……はい、頑張ります」


いくら同じ宇都宮に、彼女が所属するとちおとめガールズなるチームがあるとはいえ、細かくチェックなんてしていなかった。うちと一緒で、最下位でシーズンを終えたことくらいは風の噂で聞いていたが。



そんなチームで、控え内野手に甘んじていた彼女を慰めるようにしながら宇都宮の街を歩く。ししょーらしくね。



「ところでししょー、何処に行くんですか? ご飯ですか?」


「まあ、それもあるけど、ちょっとお買い物にね」



「へー」



一通り慰めたのに、じゃあ失礼しますみたいに雰囲気にならず、鍋川ちゃんは自然な様子で俺の横に着いてくる。


これが普通にデートに向かう道中だったなら、一体どうしてくれるつもりなのだろうか。



そんなことを考えているうちに、宇都宮を出て10分。小学校と中学生が並ぶその近くの住宅地の1角にある目的地に到着した。


昭和中期を感じさせるドリンクメーカーのマークが入ったノルタルジックな看板が軒下に張り付けられている。


ところどころかすれているが、千波(せんば)商店と読める。



「ここは…………駄菓子屋さんですか?」



「そうだよ。じゃあ、はいろっか」







「たのもー!」



「ししょーって、何時代の人ですか?」




「え?」




「あらー、新井くん。いらっしゃい」



立て付けの悪いガラス戸をガラガラと引いて駄菓子屋の中に突入。声を掛けると、店の奥の居間から声がして、腰の曲がったおばあちゃんが姿を現す。


もう顔はしわしわ。白髪の髪の毛をお団子にくくって、杖を片手に赤色の半纏を着たザ・おばあちゃんだ。立ち上がったり、座ったりする動きはちょっと心配になるくらいにゆっくり。


それでも、結構ハキハキと喋るし、ちゃんとこっちが話すことも聞こえているみたい。


小学校の側でニコニコとして駄菓子屋の店番をするくらい元気なおばあちゃんだ。


「よー、ばあちゃん。具合は悪くないかい?」



カウンターの中に置かれた椅子に、よっこらしょと腰を下ろしたおばあちゃんがにっこりと笑う。



「おかげさまで元気だよぅ。新井くんの試合をテレビで見るのが楽しみさ。最近はビクトリーズも良くなってきたからねえ」



「おー、そうかい。それでも、あんまし勝てなくてごめんな」



「いいんだよ。新井くんは私の孫みたいなものだからねえ。………みかん食べるかい?」



駄菓子屋のおばあちゃんはそう言って細い竹で編んだようなカゴを取り出し、側の段ボールからみかんをこれでもかといっぱいに盛って俺に差し出した。





「じゃあ、これとこれと、これも全部。あと、こっちのもね」


駄菓子屋の中を物色した俺は目についたものをどっさりとお買い上げ。


小さな木のスプーンですくって食べるモロッコヨーグルや酸味の効いた酢だこ三太郎やつんとしたわさび太郎。


もなかの皮みたいな受け皿に入ったフルーツ餅やベビースターラーメン。色んな味のあるポテトフライやキャベツ太郎などのスナック系も一通り。



それと透明のプラスチック容器に入ったイカのもんじたろう30本入りも忘れてはいけない。



とにかく手当たり次第に大人買い。デカイビニール袋がパンパンになるくらいの駄菓子を購入した。そのお値段6000円程。



「ししょー、そんなに食べるんですか? 体に悪くありません?」



さすがのお弟子もちょっと引き気味の表情を見せる。



「全部は食わないよ。半分以上は、シェパードとロンパオのお土産用。シーズンが終わったらすぐに帰国するらしいからね。……シェパードの子供が日本の駄菓子を食べたがってたんだって」



「へー。優しいですねえ」



「そりゃ、普段は日本とイタリアで離ればなれだからね。今は気軽にテレビ電話みたいなの出来るけど」



「いや、そうじゃなくてししょーが優しいってことです」



「は?何をおっしゃいます?」




「まあ!ししょーったら、照れちゃって」





「うるちゃい!」



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