優勝?させませんよ。2

「はい、これでオッケーっす。風呂入る時は一旦外して、よく乾かしたらまた新しいの貼ってから寝て下さい」


「サンキュー」



トレーナーのお兄ちゃんのテキパキとした手当てで、肘の傷口を見てもらい、でっかい予備の絆創膏を1枚もらった。


さすがはプロの仕事。傷口は少々締め付けがある感覚だが、もう血は滲んでいないし、あまり痛みもない。


それをリュックにしまってベンチに戻ると、試合はうちの攻撃が終わり、7回裏スカイスターズの攻撃に移ったところである。


つまりは俺は守備固めのため交代させられた形だ。


直接言われたわけではないが、萩山監督が出迎えの時に少し申し訳なさそうな顔でご苦労さんと言った時は、今日はもうお前の出番は終わりだというサイン。


そして今日は骨折が治って1軍に復帰した杉井君もいる。俺は2点目にも絡む働きは見せたし、試合は終盤。うちとしてはこのまま逃げ切りたい場面だ。


グラウンドを見てみると、レフトのポジションに杉井君が入っており、そこに打球が飛ぶ。




「亀沢の打球はレフトへ! ライン際いい当たりですが………レフトが掴みました、これで2アウト。……ビクトリーズのレフトにはこの回から新井に代わって杉井が2番レフトで入っています」






7回裏も簡単に2アウトを奪ったが、続くバッターには少し変化球のコントロールを乱してフォアボール。さらにその後ストライクを取りにいったボールを打たれて2アウト1、2塁のピンチを迎えてしまった。


たまらず吉野ピッチングコーチが険しい表情を浮かべながらベンチを出る。


それならばと、みんなの大陽みたいな存在である俺も一緒にマウンドへ行こうとしたら、グラウンドに1歩踏み出したところでぬっと出てきたヘッドコーチに睨まれた。


慌てて俺はゴミを拾うフリをしてベンチに戻った。



今日先発の連城君はまだ無失点だけど、球数が100球を越えたところ。そして今日が30試合目の先発登板。いくらタフな彼でもかなりの疲労感がきているはずだ。


マウンドに到着した吉野ピッチングコーチの話に返事をしながら、帽子を取り額の汗を拭う連城君。



その顔からはまだまだマウンドを譲るつもりはないという強い気持ちを感じる。



さすがは未来のエース候補。ドラ1ルーキーだ。



吉野ピッチングコーチが3塁側ベンチに帰還して、内野陣が自分の守備位置に戻った。


試合が再開される。



「バッターは、8番、キャッチャー、大林」



そして、その8番バッターが甘く入っていてきた初球を叩いた。








三遊間に低く速い打球が飛ぶ。


飛び付くサード阿久津さんの差し出したグラブも僅かに間に合わず、打球は歓声が巻き起こりながらレフト前へと跳ねる。


2塁ランナーが3塁ベースを回る瞬間、ランナーの進塁具合、打球を処理するレフトの守備力、点差、状況を踏まえた相手3塁コーチャーの腕がぐるぐる回される。


まずい!



足の速い2塁ランナーがさらに加速するようにして3塁ベースを蹴り、ホームへと駆け込んでくる。なんとなくセーフタイミングのプレーになりそう。



この1点は覚悟した。レフト前ヒットで1点が入るだけなら、まだ1点リードしてるから、バッターランナーを2塁に進んだりしなければと、ベンチから見ていた俺はそんな考えだった。



しかし、レフトからそのランナーを追い越すように鋭い返球がホームに返ってきた。


中継に入った阿久津がカットする必要のないエグさのある送球。


今年からのコリジョンルールでホームベースをブロック出来ずに、ホームの前に立つ鶴石さんのキャッチャーミットへまさにストライク返球。


ランナーは足からタッチをかわすように滑り込むも、鶴石さんのミットがホームベースに触れる前の足にぶつかる。


ボールをガッチリ掴んだキャッチャーミットが球審の目の前に突き出された。


「アウトー!!」









「杉井くん、すげえー!!」


ドンピシャのバックホーム。ビクトリーズサイドでは、誰もが1点を覚悟したその瞬間に、ホームへこれ以上ない完璧なバックホームで本塁封殺。


呆気に取られるスカイスターズと、神からもらったような1アウトに歓喜するビクトリーズと、水道橋ドームの雰囲気は真っ二つ。


ベンチへ帰ってきた杉井君に先頭で出迎えた俺は思わず抱きついた。



「ちょっと新井さん、止めて下さいよ!」



彼はそう言って俺から離れたが表情は実に嬉しそう。それはもちろん、俺に抱きつかれたわけではなく、ケガから復帰しての初プレーが試合終盤の行方を左右する好プレーだったから。


今シーズン始まる前は、外野手の1番手と言われていたプロ5年目の男が、ルーキー3人に外野のスタメンを奪われ続けていたのだ。


それでいて、時折チャンスを貰いながら必死に1軍にしがみついていたが、まさかの骨折で2軍落ち。


ただのケガで戦列を離れるのとはまた違う悔しさがあったに違いない。



それが今のバックホームに凝縮されていた感じだ。


余裕のタイミングではなく、そこそこきわどい、そこに鋭い送球をかますしかない状況でのアウトだったから、感情の高ぶりは5割増しだ。



やっと、やっと自分のプレーを思い切りすることが出来たと、杉井君からはそういう喜びも感じられた。


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