いったれ、川田ちゃん!

「北関東ビクトリーズ選手の交代をお知らせします。バッター、小野里に代わりまして、川田。バッターは川田」



「頼むぞ、川田。自分のスイングをしてこい!」



「はい!」




前の回から、ベンチウラのウォーミングアップエリアで黙々とバットを振っていた川田ちゃんがグラウンドに踏み出すと、チームメイトからも彼を鼓舞する声が響く。



「オラァ、いけよ、かわたぁ!!」



「どんどん振ってけよ!!」



「1発かましてこいや、川田!!」



話し合いを終えた相手守備陣がそれぞれのポジションに戻り、ピッチングコーチもベンチへと帰っていく。


そんな中、うちの打撃コーチと一言二言交わした川田ちゃんが真っ黒のバットを握りしめて、ネクストの輪っかでまた、2回3回と強く素振りをする。



「かわたー! 1本頼むぞー!!」


「ぶちかましてこい!」


「カワサン、カワサーン!」


その間にも、押せ押せになってきたベンチの1番前に身を乗り出すようにして、俺とキャプテンの阿久津さんが打席に向かう川田ちゃんを鼓舞し、シェパードも立ち上がって、バチンバチンと手を叩く。



それが聞こえたのか、チラリと一瞬だけこっちを見た川田ちゃんが深く深呼吸をしながら、バッターボックスへと向かっていく。




ずいぶんと落ち着いている。これはやってくれるかもしれない。







「ビクトリーズは、ここで代打の切り札であります。背番号34の川田を起用しました。プロ7年目の25歳。新潟県の植津高校からドラフト6位で愛知ドラゴンスに入団しました。高校通算45ホーマー、左の長距離砲として期待された選手でしたが……。2軍ではまずまずの成績を残していたんですが、なかなか1軍定着とはいきませんでした」



「身長が高い選手ではないんですが、馬力はあるタイプですよね。ちょっと速いボールになかなか対応出来なかったかなあというそんな印象ですかねえ。


まあしかしね、本人にとってはよかったんじゃないですかね。ビクトリーズに移籍してね。………野球選手として大切なのはどんな形でも試合に出ることですから。25歳なんだから、まだまだ将来はありますよ」



「ええ、そうですね。今シーズン川田は主に代打での起用。トータルの打率は2割3分1厘ですが、代打では打率2割8分7厘。3本の代打ホームランを放っていて、ここぞという場面では怖いバッターではあります。



………5ー2の2アウトランナー1、3塁。ピッチャー石川。セットポジションから第1球を投げました。……低め変化球外れて1ボール」



「いやー、なかなかいい見送り方してますよ」






低めのストライクゾーンからボールゾーンに沈むようにきたスライダーを川田ちゃんは見逃した。



代打は初球が全てだとうちの金沢1軍打撃コーチはよく言う。


その金沢コーチも、現役時代の打率は2割5分ほどだが、代打成績になると3割近い数字になる。


しかも、30歳を越えてからの代打家業でその打率。もちろんプロ野球選手としてのキャリアを積み、成熟した技術が伴ってのことなのだが、代打での出場が多い選手にたいしてよくそんなことを口にしている。



代打は初球で勝負が決まるのだと。むしろ、打席に入り初球をコンタクトするまでの時間が勝負なのだとそんな風に。



代打というポジションは想像以上に難しいもので、基本的にはその時の1打席勝負だ。


特に試合の行方を左右する場面や相手にとって点をやりたくない場面に、チームの期待を背負って出ていくのが代打の切り札であり、当然そんな状況では相手ピッチャーはより集中するし、より力を入れて投げ込んでくる。


それに対して代打で出ていった人間はそれ以上の集中力で打ち返さなくてはいけない。


だから代打の1球は3球分の重み。


見逃したボール球も3球分。取られたストライクも3球分。


打ったヒットや打点も3倍の価値が出る。


それが代打の一振りなんだってさ。









そういった意味では、まず初球の変化球を見切って1ボールになった時点で川田ちゃんはだいぶ有利な状況に立つ。


たまたま手が出なくて見送ったのではなく、内側に切れ込む右サイドハンドのスライダーを怖がることなくしっかり踏み込んでバットを止めて見送ったのだから、いい見送り方だ。


勝負はストライクが欲しい次のボールだ。



この回からマウンドに上がった石川がキャッチャーのサインに頷きセットポジションに入る。


そして1秒2秒とボールを持って、大きく両腕を広げるようにして左足を踏み込み投球する。


アウトコース寄りのシュート。それが真ん中付近に甘く入った。



カアンッ!!



乾いた打球音が響いて打球は左中間へ高く上がった。


打った川田ちゃんがゆっくりバットを離しながら1塁へ走り出す。


打球を見上げながらレフトとセンターがバックしていく。打球は伸びていく。


レフトスタンドに陣取るビクトリーズ応援団が打球を呼び込む。



「よっしゃ、いった」


「いけ、いけ!」



ベンチからも立ち上がって打球の行方を見る声が選手達から漏れる。













バシ。




打球は左中間フェンスに直撃するような当たり。しかし、スカイスターズレギュラーセンターの佐藤がその寸前でジャンプして打球をかすめ捕った。

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