言ったもん勝ちの新井さん

「石本さんなら、この新井をどうやって抑えますか?」


「まあ、当時の僕に抑えられるか分かりませんが、もちろん攻め方はありますよ。……といっても、完全な攻略法があるわけではありませんが………僕だったらまずは………」



「新井が低め変化球打った! バットの先でしたが………打球はセンター、東川が前進してきますが、センターの………前に落ちました!


3塁ランナー鶴石がホームイン! 2塁から一気に守谷も3塁を回って返ってくる、返ってくるホームイーン!………低めの落ちるボールでしょうか、新井が上手く捌きました! 2点タイムリーヒットです!北関東が3回表2点を先制です!」




「体勢は崩されていたんですけど、最後まで我慢してボールに食らいつきましたよね!バッテリーは自分達の思惑通りだったんですが、新井選手が上手かったですよね」




よっしゃ! 見たか! フォークボール打ちを! 低いボール球でしたけど、きっちりセンター前に運んでやりましたよ、ええ。


試合前に食べた味噌ラーメンの如く、スープに沈む麺を持ち上げ、すするようにして、低く沈む球をしっかりヒットゾーンに飛ばしてやりましたよ。



そのイメージを高める為に、わざわざラーメンを2杯食べてやりましたからね。


すべての道はローマに通ず。



すべての所作や思考は野球に通ずってことですよ。








「打った! いい当たりだ! フェンス際、新井が飛び付くー!………捕れない!! タイムリーになります!」


7回ウラ。相手の4番打者が放った痛烈な打球。タイミングはバッチリ。バットの芯でバシッと捉えた打球が俺の元へ。


レフト線に火の出るような打球に俺は果敢に走り挑んだが、微妙に届かず。


フェンスに当たって跳ね返る打球をあわてて立ち上がりながら追いかけたが、そのボールはあさっての方向へとコロコロ。変にダイレクトで取りに行かずに、クッションを待っていれば良かったのに。


結果的にバッターランナーが3塁にまで到達してしまった。



そして続くバッターが5番打者の外国人。


インコースのボールにたいして豪快なスイングで引っ張りにかかる。


また鋭い打球が飛んでくるのではと身構えたが、ショート後方に上がった詰まった打球だった。


俺は届かん! 赤ちゃん、捕ってくれ!


俺は心の中でそう叫んだが……。


「新井さん! 新井さん!」


ショートの赤ちゃんは俺の方を指差しながら逆にそう叫ばれた。


「赤ちゃん! これむりー」


一応ダイビングキャッチは試みたが3メートル前に打球は落ちた。


打球はそのまま、ズザザーと力なく滑り込む俺の後ろに弾んでコロコロ。


これが同点タイムリーとなってしまった。








「9回表、北関東ビクトリーズの攻撃は……7番キャッチャー、鶴石」


試合は2ー2のまま9回表へ。


相手の北海道フライヤーズは信頼できる抑えのマーヴィンをマウンドに上げて裏の攻撃でのサヨナラ勝ちを目論んでいる。


2メートル近い身長から投げ下ろすように投げ込むツーシームはなかなか厄介。バッターのインコース、アウトコースに投げ込みながら動かしてくるのだから相当厄介。


しかし、先頭の鶴石さんがきわどいコースにバットを止めてきっちりボールを選び、荒れ球気味のストッパーからフォアボールを選んだ。


8番守谷ちゃんが危なげなくバントを決めて、9番ピッチャーのところで、代打の切り札である川田が登場。


インコースの速い球に負けずとフルスイングするも、バットを折られたセカンドゴロで2アウト。


2アウト3塁となって、柴ちゃんに打席が回る。




「さあ、マーヴィンはなんとか2アウトまで漕ぎ着けまして、バッターボックスにはルーキーの柴崎です。現在の打率は2割5分ちょうどです。今日はまだノーヒットです」



「当たっていなくても、ランナー3塁で足のあるバッターはいやですねえ。やっぱり内野安打あると、どうしてもそれがチラつきますからね。内野手もちょっと神経質になりますから、バッテリーはその辺りも考えて配球していきたいですね」







「打ちました! ………これも3塁線切れてファウルボールです。次が柴崎に対して9球目になります、マウンド上のマーヴィン。今の打球は柴崎が少しタイミングを掴んだでしょうか、低いライナーになりましたがファウルボールです」



いつになく、柴ちゃんが粘る。


いつも初球からどんどん振っていってしまうタイプのバッターだが、この打席はねばねばと頑張っている。


柴ちゃんだけではない。この回先頭の桃ちゃんもそうだし。フォアボールを選んだ鶴石さんもそうだった。


チームが上手くいっていない時は、なんとかヒットにしなくちゃ、なんとかヒットにしなくちゃと、1人1人が焦りながら打席に入っている感じで、バッティングが空回りしていた。



それが連勝が始まったスカイスターズとの試合からチーム全体が少し変わり始めた。簡単なアウトが減り、追い込まれてもなんとかファウルで粘って相手に球数を投げさせる。


それにより、フォアボールが増えて打線が繋がるようになり、得点チャンスが増えた。


特別チームミーティングでそういう話があったわけではないが。


選手1人1人の意識が変わってきたということだろうか。


もっと早く気づいて欲しかったわよね。



シーズンが終わってしまいますわよ。

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