ビジターでもお腹いっぱいの新井さん

新井も一瞬たりとも抜かずに来ていた。柴崎ほど足は速くないけど、ベースランニングは上手いし、状況判断も出来るからね。ベンチもそれを分かって、この場面ではあえて新井に代走を使わなかっただろうし。


一か八かの賭けをするには十分なタイミングだったから回すのに迷いはなかったよ」


相手からすれば、外野の前に落ちた打球で、それほど足の速くないと認識していた新井が3塁を回ってきたのは想定外。いや、そこまで来ていた新井の走塁技術を予測出来ていなかったのだろう。


だからキャッチャーが送球に合わせるように捕球した最後の瞬間に、意図せずブロックする形になってしまった。


それを引き出したのは偶然ではなく、エンドランのランナーとしてベストを尽くした新井。打球の弾み具合まで計算に入れた矢田コーチの判断。それが出来ると信頼したベンチ。


ビクトリーズが去年のチャンピオンチームから3連勝を決める勝ち越し点を奪うには十分な1プレーだった。


ゲーム差がどれだけあろうとも、ビクトリーズは最後まで諦めない。3連戦で首位スカイスターズを下したために、明日からは代わって首位に立った北海道フライヤーズとの札幌3連戦。


優勝争いをする円満な上位チームに対して、最下位チームの逆襲はまだまだ始まったばかり。



東日本リーグはもうひと波乱ある。



私は今日のビクトリーズを見ているとそんな気がしてならなかった。





週間東日本リーグ ビクトリーズ担当 大本めぐみ。











翌日。


東京でのスカイスターズとの3連戦。火曜水曜木曜とこなした翌日の金曜日の昼。3連勝を決めたビクトリーズの面々は羽田空港から飛行機で札幌へと飛んだ。


機内で知らん幼女ときゃっきゃっ言いながら一緒に遊んでもらった俺は、それはそれはご機嫌になり、いろんなやる気を満々にして北の大地に降り立った。


そして待機していた大型バスに乗り込んで札幌のドームへと到着した。


しかし、試合開始まで4時間半ほどある。


まだチーム練習開始まで時間があるので、ある選手はロッカールームで少し横になったり、スマホでゲームしたり、マッサージ受けたり、調子の悪い選手はサブグラでバットを振り込んだり。


各々好きな時間を過ごす中俺は………。



「おばちゃん! 味噌ラーメンおかわり!」


「オレモ!」



ロンパオと一緒に、まずは札幌のドームの食堂のメニューを攻略していた。



毒を食わらば皿までもというやつだ。今はどんぶりだが。


北海道のおばちゃんが作った味噌ラーメンをひたすらにすする。



「あんたらこれから試合なんだろう? そんなに食べて大丈夫かい?」


心配するおばちゃんの言葉も何処吹く風。


お腹いっぱいになった俺はコーチにおケツを蹴飛ばされながらゆっくりランニングするところから練習を始めた。









「東日本リーグチャンネルをご覧の皆さんこんばんは!! 本日は札幌のドームから、北海道フライヤーズ対北関東ビクトリーズのゲームを試合終了までお伝え致します! 解説は、北海道フライヤーズの元背番号18、石本さんです。よろしくお願いします!」


「はーい、よろしくお願いします!」


「9月も半分を過ぎまして、札幌も日が落ちるとすっかり寒くなってきましたが………」



「何を言いますか! これからどんどん熱くなりますよ、今日の札幌は! ベリーホットな試合になりますよ!寒いなんて言っちゃダメダメですよ!」



「ええ、そうでした。それは大変失礼しました。北海道フライヤーズは前カードの横浜ベイエトワールズに2勝1分け。3連敗しましたスカイスターズに代わって今シーズン初の単独首位に立ちまして、本拠地札幌に戻って参りました」



「そうですよ! 今シーズンはずっと追いかけてきたライバルチームを遂に捉えたわけですから、このまま優勝まで爆走していきましょう! 気合い入りますよ、今日の解説はね!」



「今日はいつもり一段とアツい石本さんの解説をお聞き頂きながら、まずは先ほど発表されました両チームのスターティングメンバーをまずはご紹介したいと思います」







「さあ、試合は3回表に入るところですが………1アウト2、3塁のピンチ。打席に北関東ビクトリーズの1番柴崎が入ります」


1、2回は両軍ともに無得点の3回表、先頭の7番鶴石さんがフォアボールを選び出塁。続く8番守谷ちゃんがセカンドのフィルダースチョイスを誘い、9番ピッチャーの小野里が追い込まれるところまで行きながらも、なんとか送りバントを成功させてチャンス到来。


しかし、このチャンスに柴ちゃんは………。



ガキッ!!



インコースのストレート。内側ギリギリの難しいボールに手を出してしまい、打球は3塁ベース横へ。



「詰まった打球。……サードアレードが少し下がってフライを掴みました。2アウトです!!」


ガックリと肩を落とす柴ちゃんとすれ違うようにして、俺は打席へ向かう。


「すみません、新井さん」


柴ちゃんが申し訳なさそうな顔をして俺を見る。


それに対して俺は、何の根拠のない自信を発揮する。


「なあに。たいしたことないさ。安心して見ときな」




「2番、レフト、新井」





「2アウトランナー2、3塁となりまして、バッターボックスには2番の新井です。……ご覧のように、打率は4割1分ちょうどです」



「ものすごい打率ですね。どうやって抑えましょう?」






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