シェパードやりますやん

「9回表、北関東ビクトリーズの攻撃は、5番ファースト、シェパード」


5ー6。1点ビハインドでついに試合は9回表へ。


相手のマウンドには今シーズン35セーブを挙げている抑えピッチャー。防御率は1、98。


信頼度抜群のパワーピッチャーだが、最近はちょっと不調気味。しかしまだまだ成績は抜群のもの。


こいつをなんとかしなければうちに3連勝はない。


そんな中、長身のイタリア人が左バッターボックスへ。


でかい体を少し折り畳むようにして肩の後ろでバットをゆらゆらと揺らす。





「ピッチャー、セットポジションから第1球を投げました!!」





カアアアァァンッッ!!!





え?






なんだかんだといいながらも、もう軽く試合は諦めてこっそりベンチ裏から持ってきたおにぎりのアルミホイルをムキムキしていたら、ものすごい打球音が聞こえてきた。


今まで聞いたことのない、やべえ打球音。



バッターボックスでは、シェパードがバットを振り切った状態でそのまま止まっていた。



走る必要などないというそんな感じ。



打球がライトへ。白い天井に吸い付いていくようにしてグイングインと飛んでいき、そのまま天井の曲線に沿うようにしてようやく落ちてきて………。






バゴオッ!!




看板に直撃した。観客席の上にあるおビールの看板に……。








「うわあああぁぁっ!!!」



「すげええぇぇっ!!」



「なんじゃあぁぁっ!!!」




「看板、直撃!? はああぁぁっ!?」




ベンチにいたチームメイト、コーチ、監督、スコアラー、トレーナー、チームスタッフ。全員が互いの顔を見合わせる。


驚愕の一撃、有り得ん飛距離、賞金100万円。ビール1年分。


シェパードがぶっぱなした衝撃の1発にベンチにいた誰もが驚きを隠せない。



そんなベンチの驚きなど、どこ吹く風といった感じで、鼻タカなイタリアマンはゆっくりとダイヤモンドを1周する。


ドーム内の雰囲気も、悩める助っ人の豪快過ぎるホームランに騒然。


シェパードが2塁を周り、レフトスタンドのほんの一部を陣取るビクトリーズファンの歓声に軽く右手を上げた。



3塁コーチおじさんと腰の下辺りの高さで軽くタッチしてホームイン。ベンチに戻ってきたシェパードをみんなで出迎えた。



少し顔を赤くした色白のイタリアンが、並ぶみんなのハイタッチに応えていく。



その列の最後に俺が待つ。


俺がニヤリと笑うと、シェパードもアレデスネ?と同じようにニヤリと笑って右手を出した。


俺がシェパードにハイタッチをして、今度はシェパードが俺にハイタッチ。


今度は横に1回2回と、手の平と手の甲を軽くぶつけ合い、次は上下にまた2回。


そんでもって構えた右腕左腕をぶつけ合って、最後に、互いに背を向け、ジャンプして背中をぶつけ合う。


練習していたハイファイブがテレビキャメラの前で決まったぜ。








「なんと! シェパードがライトスタンド後方、看板直撃の特大の当たり!今シーズン第12号の同点ソロホームランです。……いやあ、宮本さん。凄い打球でしたね」


「インコースの真っ直ぐか、ツーシームだと思うんですが、ちょうど外国人バッターの1番好きなところですよね。膝の少し上辺り。腕が伸び切って1番飛ぶところですよ。………これがもうボール1、2個下に投げられれば、あそこまでは飛ばされなかったですからね」



「なるほど………。しかし、序盤に6点のリードがあったスカイスターズですが、この9回遂に追い付かれました。………低め変化球空振り三振!……6番桃白は三振で1アウト、打席には鶴石が入ります」



9回の攻撃が始まる時は、相手抑えピッチャーの存在感に果たしてうちが1点が取れるのか疑っていたが、シェパードの一振りがそんなムードをぶち壊した。



さっきまでうーん、うーんと唸っていた首脳陣達の顔色が良くなった。


萩山監督は椅子から立ち上がり、ヘッドコーチは分厚い手帳を広げる。


吉野ピッチングコーチは電話機を取ってブルペンコーチに連絡を取る。


そんなベンチの様子を見て俺は、もう1つおにぎりを頂くことにした。



中身は、真っ黒のしょっぱい昆布だ。








9回はシェパードのホームランの後はあっさりアウト3つ取られて、攻撃終了。


同点にした雰囲気そのままに一気に畳み掛けたいところだったが、流石は首位チームのクローザー。勝ち越しのチャンスは与えてくれなかった。


そのウラ、満を持してうちはセットアッパーのロンパオがマウンドへ。お腹を揺らしながらベンチから飛び出していき、投球練習を開始する。


スカイスターズの下位打線。代打攻勢をかけてきた相手に物怖じすることなく、持ち前の威力ある真っ直ぐとドロップカーブを巧く使ってテンポよくワン、ツー、スリーの3者凡退。


これで6ー6同点のまま、試合は延長戦に突入した。



相手のスカイスターズは、抑えのピッチャーから左の技巧派へ。


うちの代打があと左の川田しかおらず、1番の柴ちゃんも左。


他にもレベルの高い中継ぎピッチャーはいるはずだが、その左バッター2人を意識しての左ピッチャー起用だろうか。


しかし、忘れてはいけない。



この回には俺にも打順が回ってくることを。




「ストライクバッターアウト!」



代打川田ちゃん、三振。真っ直ぐでカウントを稼がれ、最後は外の変化球。




「ストライクバッターアウト!」



柴ちゃん三振。攻められ方は上に同じ。




「2番、レフト、新井」

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