イタリアマンのヘッドスライディング

「1アウト2、3塁。初回からビクトリーズは得点のチャンスです。バッターボックスには4番の赤月。現在の打率は2割4分3厘ですが、得点圏では3割2分。6ホーマーと、勝負強いバッターではあります」


「ボール!」


「まあ、思い切りはいいバッターですからね。窮屈なバッティングにならなければ、十分4番の打撃は出来ますよ」



「ボール!」



「この赤月選手は、8年前ですね。高校通算65本塁打。3球団競合のドラフト1位入団だったんですが。なかなかこう2軍暮らしが続いたり、膝のケガがあったりしましてね」


「ええ。しかし、最近はどこの球場も人工芝が非常に変わってきていますからねえ。昔はそれこそ下が固くてねえ。よく膝を悪くする選手がいましたけども……」



「ボール!」



「これも外れました、3ボールです。赤月は去年のキューバ遠征ですかね。その経験が非常に自分の野球観を変えたと言っていましたね。……練習前、試合前は敵味方関係なく、まずグラウンドの石拾いをするみたいですよ」



「ああ、そうですか」



「スライディングしたらベース近くからコンクリートが出てきたり、外野のフェンス手前に農耕車が止めてあったり。試合中のドリンクも、水道からペットボトルに入れてベンチで飲んだりするところもあるらしいですよ」




「いやー、大変なんですねえ。そう思えば、日本で野球が出来るのは幸せですねえ」



「ボール!!」




「これも外れました!赤月にたいしてはストレートのフォアボールです。これで満塁になりました!」





「5番、ファースト、シェパード」







1アウト満塁となって、バッターボックスには長身のイタリアマン。


ピッチャーを威嚇するようにバットを大きくぐるんぐるん回してバットを構える。


ここ最近チャンスで全然打ってないんだから、そろそろなんとかして打ってくれ!!



俺はそうお願いしながら、2塁ベースからリードを取る。




しかし、ブオンブオンと音が聞こえてきそうなくらいの豪快なスイングだったが、真ん中高めとインコース低めの変化球を空振りであっという間に追い込まれた。



三振だけはやめてくれよ、シェパード。ゲッツーはもっと興ざめだけど。


なんとか外野フライを打ってくれ。



ピッチャーが投じた3球目。


真ん中低め。ワンバウンドしそうな、おもっくそ空振りしそうなフォークボール。


それをシェパードが泳ぎながら、一生懸命長い腕を伸ばしてバットに当てた。


その打球が、セカンドの正面に飛んでワンバウンドツーバウンド。



注文通りのゲッツコース。セカンドは打球を掴むと、バックホームせず、くるっと回って2塁ベースに送球した。





「セカンド正面だ! 4ー6…………3と渡りましたが、最後の送球が若干高い!シェパードが1塁にヘッドスライディングだ! 判定はセーフ、セーフです!3塁ランナー柴崎ホームイン!ビクトリーズ先制です!」







1塁ベースに向かって、長身イタリアンが迫力のあるヘッドスライディング。



あっ、ゲッツーだ。そう諦めていたが、ゴロがそれほど強い当たりでなかったことと、ショートの送球が若干高くなったのはうちにとってラッキーだった。


俺のやつよりも数段迫力のあるヘッドスライディングでなんとかセーフをもぎ取った形だ。


その間に柴ちゃんがホームイン。


この1点はなかなかでかいぞ。


初回に1点取れるか取れないかは。打った瞬間に、半ば諦めてチンタラ走っていたら点は入っていないわけだから。


チームとして普通に打って1点取るよりも意味はありますよ。


相手チームも微妙に送球が高くなった分、ファーストが前に伸びて捕れなくてセーフになった部分もあり、もったいねーと気落ちしているだろう。


こういうのはわりとダメージが残りますよ。



そしてそんな場面でバッターは6番ライト桃ちゃん。


なにげにドラ6のくせに4月中旬からスタメンに定着しているこの男だが、今日先発の相手ピッチャーにたいしては9打席でヒットなし。


しかし、楽に投げれていないこんな状況では話は変わる。


2球目のインコースストレートに詰まらせられながらも、打球は左中間へポトリ。


飛び付いたレフトがワンバウンドで弾く間に、3塁ランナーの俺が楽々ホームイン。


2ー0とリードを広げた。







「7番鶴石は打ち上げました! 詰まらされた打球になってしまってでしょうか。


2塁ベース後方です。……ショートの茂手木が声を出して手を挙げています! ……掴みました、3アウトチェンジです。ビクトリーズの攻撃はここまでですが、シェパードの併殺崩れ、さらに桃白のタイムリーで初回2点を先制しました」



大切なのは点を取った後、取られた後。特にいきなり幸先のいい出だしの時は、すぐさまの反撃を食らわないように慎重に立ち回らなくてはいけない。


それはマウンドに上がる連城君も痛いほど分かっていて、初球から変化球を交えつつ、厳しいコースへコントロール中心のピッチング。


本当に大切に大切に、慎重に慎重に、それでいてしっかりと腕を振ってボールを投げ込み、それでも2アウト1、3塁というピンチを招きながらも、最後のバッターをセカンドライナー。


なんとか無失点で切り抜ける。


その後も、今日はいつものようなストレートの威力は影を潜めてはいるものの、ベテランキャッチャーの鶴石さんの巧みなリードに導かれて、3回のピンチも凌ぐ。


するとそこからは波に乗り、5回まで6安打されるも要所を締めて2ー0のまま、5回裏。


先頭バッターの桃ちゃんが初球の甘くなったストレートを叩く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る