足が痛い新井さん3
あ。これはダメなやつだ。無理しちゃダメなやつだ。
痛みが走った瞬間、そうよぎったがその場でブレーキをかけて止まるのも、それはそれで怖かった。
それならば、そのまま2塁ベースまで走ってしまえ。
せっかくの長打チャンスをシングルにするわけにはいかない。
俺の下した判断はそんな感じだ。
だいぶ不恰好な走り方だろう。一目見ただけで、あいつなんかおかしいじゃん。そう察するのは容易い。
そんな走り方。右足を庇いながら、俺は2塁ベースを目指す。
幸運だったのは、打球を追い掛けていたレフトが俺の方を見ることなく、半ばツーベースを許すのは諦めながら、ゆっくりとボールを拾ってくれたこと。
俺の走姿を確認して、急いでいい送球をされていたら、もしかしたらきわどいタイミングになっていたかもしれない。
ヒーヒー言いながら、 なんとか2塁ベースに到着した俺は2塁審判に向かって食い気味にタイムを要求しようとしたら、既に両手を広げていた。
そして、1塁コーチおじさんがダッシュで俺の側まできた。
「新井、大丈夫か!? 足か? 右足か?」
コーチおじさんは下を向いて痛がる俺の顔を覗き込む。
「右の足首っすね。ちょっとひねった感じで……」
「分かった。俺の背中に乗れ」
そう言ってコーチおじさんはベンチに向かって、手でバツ印を出すと、俺をひょいっと軽くおんぶした。
いつもは俺を目の敵にして、俺が少しでも練習をサボろうものならすぐに怒鳴りつけ、俺出塁して1塁ベースに到達しようものなら、まるで盛りのついた犬のような扱いで、暴走しないようにと、俺にガッチリと首輪をはめる。
チームで1番出塁率が高い俺が1番ベースを踏みながら話を聞いてあげてるのに、この1塁コーチおじさんはちっとも俺を信用しようとはしない。
口は悪いし、これだけの活躍をして頑張っているのに、素直に誉められたことなんて1度もない。
しかし今はその1塁コーチおじさんの背中が少しだけ頼もしい。
俺が2塁ベースに到着して、自分でタイムをかける前に、おじさんはコーチャーズボックスからダッシュしてきていたようだった。
コーチおじさんは、引退してもう10年以上経つのに、俺の体を軽々とおんぶして歩き出されたのはちょっとショックだった。
最近でも筋肉を大きくするトレーニングは継続してやっていて、体重も増えつつあったのに。まだまだ自分が小兵だと思い知らされる。
「新井ー!」
「ケガしやがって! バカヤロー!」
「明日は休むなよー!」
おんぶされて1塁ベンチに下がる俺にファンの声が届く。
足は痛いが、スタンドから心配そうに見つめるファンに向かって、おんぶされたままの笑顔で手を振る俺こそ、俺が俺である所以である。
そう考えたりもしていた。
「ただいまー」
そうおどけてみせながらベンチに戻った俺。
「「……………」」
しかし、ベンチにいるチームメイト達は心配そうな顔でベンチ裏に消えていく俺を目で追うだけだった。
「よっこらしょっと」
1塁コーチおじさんが俺をプラスチック製の長椅子の上に下ろす。
「それじゃ、あとは任せた」
「分かりました」
側にいたトレーナーの子に俺を預けると、1塁コーチおじさんはグラウンドに戻っていく。
「どんな感じで痛いですか?」
トレーナーの子が俺にドリンクを手渡しながら、俺の右足首をさするように撫でる。
「普通に触るだけなら痛くないんだけどね。歩こうとして地面を蹴ろうとすると痛い感じ」
「なるほど。それほど重症じゃないかもしれないすけど……。とりあえずソックス脱がしますね」
トレーナーは俺のソックスを脱がし、ライトを当てて患部を見るが………特に腫れていたりだとか、そういったことはない。
しかし、足首をもたれて、くいっと回されると少し痛む。
「軽い捻挫の症状だと思うんすけど、明日は試合に出るのは難しいっすね。歩いたりするのもやめておいた方がいいかもしれないですね。松葉づえありますんで、なるべくそれを使って下さい」
「えー、そこまで? 治るまでにどのくらいかかるの?」
「人にもよりますけど、痛みがなくなるまでに最低3日4日くらいは」
マジかよ。あと20試合ちょっとしかないのに、休んでやれるかよ。
「いやー、でも。………明日の試合は出れますよ。実際痛みはそんなにあるわけじゃないし」
「そうは言ってもね、新井くん。こういう足首のケガを甘く見ていると大変なことになるよ。痛みがあるならしっかり休まないと」
「 多少走るのは問題ないし、バット振る分には負担ありませんし。守備だって無理しなければ普通に試合にはいけますよ」
「いや、ダメだ。君のようにそう言って無理に試合に出て、ケガを悪化させたり、よけい状態を悪くして引退した選手を何人も見てきた。君を同じようにはさせられない。ヘッドコーチには私から言っておくから、今は休むんだ」
普段はニコニコして愛想のいいチーフトレーナーが、今日はめんたまガン開きで俺を相手に1歩も引こうとはしない。
こっから彼を言いくるめるのはめんどくさいので、渋々俺はとりあえず、明日の練習前に状態を確認してからどうするか決めるという方向で進んだ話を飲むことにした。
まあ、たまにはこういうわからず屋な血の気の多い選手を装おっていくスタイル。
前にも同じような感じでトレーナーに怒られたばかりですからね。
「新井さん」
すると、宮森ちゃんが俺の元にやってきた。
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