ゲルマン魂の新井さん

「なんか覚えてるシーンとかないの?」


「えっと。………確か船が逆さまになっちゃて………大きなピアノに子供が挟まって、それを助けるシーンはあった気がする……」



船が逆さまねえ。分かんないな。俺もそこまで映画に詳しくないし。


そんなスーファミのゲームならあったけど。



「脱出系ってことはパニック映画かな? その辺の棚に行ってみよっか」



「うん」



「…………まあ、豪華客船の転覆系ってだいたいこの辺かな?」


パニック、スリラー、アクション辺りのジャンルでみのりんが言っていたそれっぽいのを手当たり次第にピックアップ。


「あ! これかも!!」


その中の1本をみのりんは手に取った。そしてパッケージの裏表をじっと見つめる。


確かに表パッケージは、船がひっくり返り、ローマ字の映画タイトルもひっくり返っているデザインだ。


「これで間違いないよ、新井くん。ほら、この赤い服の女優さんがいたのも、なんとなく覚えてる気がする!」


「マジか! こんな探し方で見つかるもんだね」


「ありがとう、新井くん。これ、ずっと気になってたんだ」


みのりんはなんだか胸のつかえが取れたような、すっきりとした表情をして、その映画のディスクケースを抜き取り、俺の持つカゴへと入れた。




階段で1階に降りて、セルフレジの前へ。


財布から会員カードを取り出し、それを機械にスキャンする。


そして、レンタルするディスクケースのバーコードをピッピッピッ!


500円玉を出してお釣とレシートを受け取って終了。


簡単、簡単。


「はい、新井くん」


さすがみのりん。


レジ横にかかっている、DVDを3枚入れるにはちょうどいいサイズのレンタルバッグをくぱぁと広げて待っていた。


そこにずっぽりと入れる。


みのりんはそのレンタルバッグを俺が肩から下げるカバンの中へとしまいファスナーをしっかりと閉めた。


「よーし、スーパーに買い出しいきますか!」


「うん」



「ありがとうございましたー」



レンタルショップを出た俺達はまた少し歩き、いつも行くスーパーマーケットへ。


「あ、あれ美味そう!」


「ほんとだ! 珍しいね」


スーパーマーケットの出入り口前の駐車スペースに移動式のケバブ屋さんがいた。



俺は思わず駆け寄る。


棒に刺さったデカイラム肉がゆっくりと回っているその横に、ケバブ屋にしては珍しく、すらっとした白人がいた。


ハーイ! と、声を掛ける。


「イラッシャイマセー!」


白人の男性が俺に気付き顔を上げる。


鼻高の堀が深い、イケメンの外国人だ。


着ているのは半袖のシャツ。白色をベースとしていて、首から下に向かって、大きく霧上の加工がされたベーシックなデザインに、両肩には黒い3本ライン。そして胸のエンブレムの上には、星が4つ記されている。



それを見て、この店主がどこの国の出身なのか俺にはすぐに分かった。







「よう、ヘェル!! マヌエル・ノイアー、キミッヒ、ボアテング、フンメルス、ヘクター、トニ・クロース、ケディラ、ドラクスラー、ロイス、ミュラー、マリオ・ゴメス……アンド、オリバー・カーン!」


「イエーイ!」


「イエーイ!」


俺が言葉を続ける度に、白人のケバブ屋の表情がみるみる変わっていき、最後にカウンターから乗り出して、俺を抱き締めた。


そして、2人で肩を組んで、イエーイ! フットボール最高!!と、困惑するみのりんを差し置いて、騒ぎ立てる。


サッカーに国境はない。一瞬でケバブ屋のドイツマンと仲良くなった。こちとら普段から鼻の高いイタリアマンだの、台湾もちゃ男などを相手にコミュニケーションを計っていますからね。



俺の人生のグローバル化が広がっていきますよ。


「ねえねえ、新井くん」


俺のシャツをつまんで引っ張りながら、みのりんは俺の耳元に顔を近づける。


「なに?」


「さっきの、どうしたの?人の名前?」


「あれ? 知らない?ドイツ代表のメンバーだけど……」


「ドイツ……代表?何の?」



「山吹さんは、ヨーロッパサッカーとは見ないの? プレミアとかブンデスとか、セリエAとか。リーガエスパニョーラ! とか」



「あんまり。ラーメンリーグとかあれば見るかもだけど」



何言ってんだ、この眼鏡さんは。



とりあえず、テンションを上げて切り替えることにした。


「ケバブ、イエーイ!!」


「アライサン、イエーイ!!」







「ほいじゃあ、ミックスケバブとチーズケバブを1個ずつね」


「カシコマリマシタ!!」


いつまでも抱き合っているわけにはいかないので、いい加減にしろ! と、ドイツ人を叱って、ケバブを作らせた。


「新井くんって、サッカーも好きだったんだね」


「まあ、人並みにね。こう見えても、高校時代は、サッカーでもブイブイ言わせてましてね」


「また変な呪文を唱えはじめたのかと思っちゃった」


「またって、どういうこと?」



「え?」


「え?」



そうこいしている間に、ケバブ屋のドイツマンは、吊り下げられたぐるぐる回るラム肉にナイフを入れてこんがり焼けているその肉をこそぎ取っている。


こんな宇都宮の片田舎にもケバブ屋がいるなんて、時代は進んでいるなあ。


「ケバブ屋さんがドイツの人って珍しいよね。確かトルコ料理だよね、ケバブって」



「なんか最近になって、ドイツ発祥説が有力らしいよ」


「え?そうなの?」



「そもそも、日本とドイツの関係性の歴史は深く、一説では江戸時代の後期から交流があったらしいね。もっとも親密な関係になったのは、第一次世界対戦中からで、ドイツの植民地を日本が攻略した時に、ソーセージやバームクーヘンなんかがすぐ日本に伝わるくらい、戦時中もわりと友好な関係だったと言われているんだ」

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