疑う新井さん
時人
今ね、羽生パーキングに着いたとこ。スタジアムまで後1時間20分くらいかなあ。バスの中でぐっすり寝ちゃってたよ。
みのり
ずいぶんお疲れだったんだね。でも、新井くん、一生懸命プレーしてたから偉い。
それじゃあ、夜7時くらいにはこっちに着きそう?
時人
そだね。6時過ぎにはスタジアムに到着するかな。あんまり高速も下の道も混んでないみたいだし。
ちょうど7時に頃にはおうちに着くかと。なんか買うものある?
みのり
ありがとう、大丈夫。ご飯作って待ってるから、買い食いとかしないように。
時人
分かりやした。ちなみに今日のメニューは何でございましょう。
みのり
帰ってからのお楽しみ。
んー。なんだろう、改まって確認なんてしてきて。遠征先から、何時に帰るかくらい、だいたいいつもおんなじくらいなのに。
怪しいなあ。
「新井さーん! もう、バス出ちゃいますよ。また置いてかれますよー!」
彼は気に入ったのか、羽生PA名物の胡麻唐揚げが入ったカップを持った浜出君に呼ばれて、俺ははっとしてスマホをしまい、飲み終わった紙コップを捨てた。
そして、バスに向かって走り出す。
危ない、危ない。また置いてかれたら洒落にならんからね。
「どうもサンキューねー!」
「いいえー。お疲れさんでしたー!」
守谷ちゃんのかっこいい車がブイーンと走り去っていく。
いつもならバスか、スタジアムに荷物を全部置いて軽く走って帰ってくるのだが、最近車を買い替えたという守谷ちゃんに、せっかくだから乗せてもらって、俺は予定より少し早く家に着いた。
午後6時45分。
ちょうど午後7時に帰るといったが、まあ遅くなるよりはいいだろう。
シャワーも浴びたし、着替える必要もないきれいなハーフパンツにTシャツだから。
俺は今日の夕飯は何かなと、ワクワクしながら、明かりに照らされたマンションの外階段をカッツンカッツンと登って2階に上がり、自分の部屋でなく、隣のみのりんの部屋に、意気揚々と突入した。
「ただいまー」
玄関で適当に靴を脱いで彼女の部屋に上がると………。
「あ……」
いつもとは違うみのりん部屋の様子に、俺の口から、あ……とだけ声が出た。
「え?」
というみのりんのびっくりしている顔。
「は?」
という軽ギレしているギャル美様。
「あらー」
と、苦笑いを浮かべるポニテちゃん。
キラキラした装飾の付いた、紙製の円錐形帽子を被った3人娘が何かせわしなくパーティーの準備に追われていたようで、まるで時間が止められたように、顔だけ俺の方を向いて、唖然呆然。
まだまだ夏は続きそうだが、部屋の空気はまあまあ凍りついていた。
みのりん部屋の壁には色紙をくるんと巻いたカラフルな飾り付け。俺の座る椅子も、いつものとは違う高そうなものに変わっている。
さらに食卓には、いつものみのりん特製アスリート飯ではなく、ローストビーフサラダに、ちらし寿司。コーンスープに、サンドイッチやソーセージがなどが串に刺さったオードブルも。
キッチンではステーキを焼く音も聞こえる。
そして何より、テーブルの真ん中には、でんとどっしり構えた大きなイチゴのデコレーションケーキ。
真ん中のプレートには、明らかにお誕生日おめでとうと書いてある。
これは間違いなくやっちまったやつだ。
15分来るのが早かったやつだ。
みのりんが俺の帰宅時間を気にしてメッセージを飛ばしてきたのはそういうことだったのか。
俺達4人は静かに互いを見つめあったままだったが、その中でみのりんがゆっくりと俺に近付き、クラッカーを構える。
ポン!!
という破裂音が響き、うっすく長いヒラヒラした紙が何枚も俺の頭にかかり、クラッカー特有の火薬の匂いがして……。
「新井くん………とりあえず……お誕生日………おめでとー………」
みのりんは場の空気を読みながら、恐る恐る。そしてだいぶ寂しげにそう口にした。
「ちゃんとピンポン鳴らしてからやり直した方がいい?」
俺は訊ねにギャル美は………。
「余計にむなしくなるから、大丈夫よ。さ、座りなさい」
そう答えた。
3人とも。なんか………ごめんね。
俺は心の中だけで謝っておいた。
「とりあえず、気を取り直して、カンパーイ! お誕生日おめでとー!! イエーイ!!」
「みんな、ありがとー! イエーイ!!」
ギャル美が叫んだ通り、気を取り直した俺達は、普段はあまり飲まない、シャンパンなるもののコルクをポコンと飛ばした。
それがポニテちゃんの谷間に飛び込むという大サービスシーンがありながら、普通のグラスに注いだ風味豊かなお酒を楽しむ。
「新井くん、お誕生日おめでとう。さあ、もう1杯どうぞ」
みのりんが改めて俺に祝いの言葉を伝えながら、グラスにシャンパンを注ぐ。
シャンパンといえば、キャンプイン前日の決起集会の時に、イッキ飲みしてゲボオッ! となったことを思い出した。
あれから7ヶ月。まさか1軍に定着して活躍出来ているとは夢にも思わなかった。
あの頃は、朝から20キロのランニングだの、サーキットトレーニングだの。野球の練習を全然させてもらえなかったもんなあ。
「新井さんの好きなローストビーフですよ。お野菜と一緒に食べて下さいね」
ポニテちゃんが取り皿にぶるんとやりながら、ローストビーフサラダを取り分けた。
「クックポッドのレシピを参考にして、家のオーブンを使ってローストビーフを焼いたんですよ!」
「どれどれ。………モグモグ。……おっ、美味いね!!噛めば噛むほどジュワッと牛肉の旨みが出てくる感じで………。この絶妙な辛さのマスタードソースもさやかちゃんが作ったの? 」
「はい、そうです!」
「やるじゃん!かわいい!」
あくまでノリでそう言ったのだが、みのりんとギャル美の周りの空気だけ、また凍りついた気がする。
まあ、気のせいだろう。
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