新井さんだけ………
「シェパードの打球はライトに上がりました! 3塁ランナー阿久津はタッチアップの構え。……ほぼ定位置か? ライトが取りました!
阿久津が3塁からスタート!……ライトからホームにボールが返ってきますが間に合いません! 阿久津ホームイン! 1点返しました! 3ー2!ここはシェパードが最低限の仕事です」
ライトからの好返球。ベテランな足の遅さでも、さすがに刺せずに、阿久津さんがホームベースに滑り込んだ。
これで1点差。
1アウト2塁で6番ライト桃ちゃん。
インコース低めのナックルカーブを打つもセカンドゴロに倒れ、2アウトランナー3塁。
バッターは7番キャッチャー鶴石さん。
打率は2割2分台。この人も俺ほどではないが後半戦からなかなか調子が上がらない1人だ。
しかしここはコントロールの乱れが顕著になった外国人ピッチャーに対し、ベテランキャッチャーらしい落ち着いた選球を見せ、1ストライク3ボール。
からの5球目。甘く入ったストレートを引っ張った。
打球はサード正面も当たりは痛烈。サードを守るお寿司大好き外国人のグラブを弾く。
こぼしたボールを拾う外国人サード。鶴石さんも足は決して早くないが懸命に走る。
ボールを拾ったサードから、矢のような送球。
鶴石さんがヘルメットを飛ばしながら、1塁へ、ヘッドスライディング。
「セーフ!!」
「「よっしゃあ!!」」
セーフジャッジの瞬間、スタジアム中が揺れんばかりにどおっと沸き上がる。
ベンチでは若い選手達が、鶴石さんに向かって力強く握った両手を高く上げ、スタンドではピンク色のタオルが至るところで揺れる。
俺のまずい守備から勝ち越されたその直後。
ビクトリーズがいつにない粘り強い打線の繋がりを見せて、すぐさま同点に追い付いた。
同点に追い付かれた北海道フライヤーズがたまらずタイムを取り、内野陣がマウンドに集まる。
通訳を連れたピッチングコーチが現れ、2人で小走りになりながらマウンドに向かう。打ち込まれた助っ人マンピッチャーは帽子を外してユニフォームの袖で汗を拭う。
一方、1塁側ビクトリーズベンチでは、ホームインした赤ちゃんがベンチで飛び上がるようにしながら、喜びをあらわにする。
「ウェイ、ウェイ! ウェーイ!!」
チームメイトの誰かにヘルメットを外され、びっしゃびしゃな汗だくのまま、くしゃっとした笑顔で迎えた選手達とやかましくバッチンバッチンとハイタッチ。
「新井さーん! ウェーイ!!」
そして俺のところまできた。彼と同じテンションでこちらも出迎える。
「ウェーイ!!」
「ウェーイ!!」
手がビリビリ痛いよ。力が強すぎるよ。
確かにいい繋ぎのヒットだったけれども。
「さあ、同点に追い付きまして、左打席には8番の守谷が入ります。今日は2打数ノーヒット。現在の打率は.242です。さあ、ここは後ろに繋いでまたチャンスを作っていきたいところです」
「「もりたに! もりたに! もりたに! 」」
同点に追いつき、俄然元気が増してきたビクトリーズ応援団。
ライトスタンドからの大声援を受けて、守谷ちゃんが初球を打った。
「守谷、初球を打ちました! 引っ張った打球、ライトへ上がりました」
パカンと、打ち上げただけの打球。
1塁ベンチからだと、すぐ屋根の上に上がって消えていったように見えた打球。
ベンチ内から身を乗り出すようにして見た高い打球が、スタジアムの夜空をふわふわしていく。
あー、ライトフライか。というイメージだったが、あら、 あらら? 打球は失速せずにそのままグイーンと飛んでいくのだ。
「ライトへ上がりましたが………? 意外に打球が伸びているぞ? ライト太田が下がっていく! レフトからの風もあるぞ!!
フェンスまで下がった! 上空見上げる!ギリギリいっぱいどうだー! ………入ったー!2ランホームラーン!!」
ええーっ!?
8番打者守谷ちゃんの打球が、ライトポールの根元ギリギリに飛び込んでいった。
ベンチにいた全員が、ええーっ!? その後少し経ってからうわあーっ!と、盛り上がる。
打った守谷ちゃん本人も、2塁ベースを回るまで全力疾走していたくらい、自分が1番ビックリしていた感じ。
からかうように大笑いする3塁コーチおじさんとタッチをかわしてホームイン。
ベンチに戻ると、守谷ちゃんは、みんなからもみくちゃにされるようにして迎え入れられ、一気の逆転劇にチームが完全に勢いづいた。
パッコン、パッコン。
そこからは、チームメイト達の打球が面白いようにグラウンドに弾む。
守谷ちゃんの勝ち越し2ランで、まさかの流れを掴んだ貧弱ビクトリーズ打線。
ホームランこそ、その1本だけだったものの、しっかり捉えた打球が面白いように内野の間を抜けていく。
気付けば、8回を迎える頃には16安打9得点。
代わる代わるやってくる相手のブルペン陣からきっちり得点を頂き、柴ちゃんのタイムリーでついに2ケタ10得点目。
10ー3とリードを広げた。
そして打順は俺である。
「さあ、バッターボックスには新井が入ります。今日はまだ先発メンバーでは、この人だけにヒットがありません。4打数ノーヒット。なんとか他の選手達と同じく流れに乗りたいところなんですが。
打率も一時期は、ゆうに4割を越えていましたが、現在は29打席連続でヒットがありません。それでもまだ打率は3割4分ありますが。………とにかく1本ヒットが欲しいところであります」
これが今日の最終打席だ。
なんとしても1本打ちたい。
そう思って打席に入る。ボールも見えているし、スイングも悪くないはず。試合前の感触も悪くなかった。
大丈夫。いけるはず。そろそろ1本打ったって、バチは当たらないだろう。
バットを構えて、マウンド上にいる半ば敗戦投手。1軍半の若手ピッチャーを睨み付け、ボールを待ち構える。
「ピッチャー、セットポジションから第1球を投げました! 打った! ………あっ、ショート正面。新井の打球はショート正面です。外島が捌いて1塁アウト。3アウトチェンジです。
うーん。苦しい! 新井はこれで30打席ノーヒットです。また明日。明日期待しましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます