信用されない? 新井さん
相手の埼玉さんの先発ピッチャーが投球練習をしている。小野里君が投げたマウンドで、自分が投げやすいように足で掘り返しながら、1球、1球。感覚を確かめるようにボールを投じている。
そのピッチャーをネクストのところで柴ちゃんと一緒にじっくりと観察しながら、足を上げ、バットを振り、タイミングを合わせる。
「ねえ、柴ちゃん。とっておきの情報を教えてあげよっか?」
俺は彼の背後からこっそりと忍びより話し掛けた。
「え? なんすか?」
柴ちゃんはこっちにメットの空いた耳を少し近付ける。
「後ろのスタンドにいる、子供の日限定の鯉のぼりユニフォーム着てる女の子、可愛いと思わない?」
バットを肩に抱えたまま、柴ちゃんが後ろのスタンドに目を移す。そこには、昼間俺のユニフォームが買えなくてor2になっていた女の子がいた。その彼女も俺と柴ちゃんが見ていることに気付いたようだ。
「そう………すかねえ」
しかし残念ながら、柴ちゃんのタイプではなかったらしい。
「新井さーん! 頑張って下さーい! ピエ〜イイィィッ!!」
島娘、テンション高っ!!
「というのは冗談で………。あのピッチャー、いつも初回先頭打者の入りはだいたいカーブ系の変化球だから、ちょっと狙ってみなよ」
「え!? マジっすか?」
「マジよ、大マジ。俺が嘘ついたことなんかないでしょ?」
「いや、新井さんはいつも冗談ばっかりなんで………正直」
あれ? 俺ってあまり信用ないの?
「1回裏、北関東ビクトリーズの攻撃は、1番、センター、柴崎」
相手先発の投球練習が終わり、セクシーお姉さん系ウグイス嬢にアナウンスされ、柴ちゃんが左バッターボックスへ。
左足で軽く足場をならし、バットを縦に持って、左手で芯の位置を確かめるようにしてから、バットの先をピッチャーに向ける。
1つ深呼吸をして、バットをぐるんと1回転させて、高く掲げるようにして構え、ピッチャーが投球モーションに入ると、すっと無駄な力を抜くようにして肩の位置までグリップを落とした。
背中から伝わるなんだか打ちそうな気配。無駄な力みなどはなく、真っ直ぐピッチャーだけを見つめている感じだ。
「ピッチャー投げました! 低め変化球打った! バットの先ですが……………下がって、ジャンプするショートの頭を越えていきました! センター前ヒット!………ブルーライトレオンズ春山は初球を打ってレフトフライ。
ビクトリーズ柴崎は低めの変化球。初球を上手く拾う形で打ちまして、こちらはセンター前ヒット!ノーアウトランナー1塁となりまして、打席にはこの人が入ります」
「2番、レフト、新井」
よーし、いいぞ柴ちゃん。ナイスヒット!なんだかんだで俺のことを信用してくれてるじゃないの。
「柴崎が打ったのは低めのスライダーですか?かなり低いボールになりましたが」
「いや、カーブですねえ。相手バッテリーはね、出鼻をくじくと言いますか。どちらかといえば速いボールをどんどん思い切り振ってくる柴崎に、強いスイングさせないつもりだったと思うんですが、これは柴崎が読んでいましたかねえ。タイミングは外され気味ではありましたが、上手く打ちましたよ」
「さあ、そしてバッターボックスには今日1軍に上がってきました、新井が入ります。前半戦最終戦、チームの大連敗を止める見事な2ランスクイズ。その時のケガから帰ってきた新井が拍手に包まれてノーアウト1塁です。………ビクトリーズはどう攻めるでしょうか」
「1塁に柴崎で、新井ですからね。ただ送るのはもったいないですよねえ」
なにかな? なにかな?
なにか面白いサインが出るかなと、ワクワクしながら3塁コーチおじさんを見ていた。
頭触ったり、顎を触ったり、腕を触ったり、パンパンと手を叩いたり、なんやかんや長めのサインだったが、結局ノーサインじゃないの。
とりあえず、バントの構えしとこっと。
「バッターボックスの新井は送りバントの構え。………1塁牽制球……セーフ。……ここはまず手堅く送るのでしょうか。初回のノーアウトランナー1塁です。………新井へ第1球投げました、低めストレート、ストライク。……新井はバットを引きました。1ストライクです」
バシィ!!
インコース低めストレート。これは低いよね。
「ストライーク!!」
え!? ストライクなの!?
自信を持って見送ったのに、球審から威勢のいいストライクコール。
しかしこんな時、間違っても、主審に振り返って………は? みたいな表情をしてはならない。
1発で目を付けられて、さらに厳しい判定をされかねないからね。自信満々にストライクと言ったけど、ちょっと厳しかったかなと思ってらっしゃるかもしれないし。
そうすれば近いうちに帳尻合わせなボール判定が来るかも。しかし、は? みたいな表情をして機嫌を損ねればそんな可能性もなくなってしまう。
今ここにいる審判チームとは、今日から3試合お世話になるんだ。
下手な怒りを買ったりしてはいけない。
そんなわけで俺は2ストライクと追い込まれても、ニコニコしながらバットを構える。
とりあえず三振はしないように、相手ピッチャーの持ち球を頭に入れて、タイミングの落とし所を計る。
142キロほどのまっすぐに、130キロのスプリットとスライダー。そして、110キロ台の緩いカーブ。
ストレートに振り負けないように、そのタイミングに合わせつつ、ボールにしてくるスプリットとスライダーに警戒しつつ、緩いカーブもしっかりケアする。
いつもよりさらに、指2本短く持って俺はバットを構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます