みんなでバーベキューを楽しむ新井さん2

「はろーん!」



マンションから国道に向かう細い道。その出口付近に差し掛かると、聞きなれた声が辺りに響いた。


バス停に立っていたギャル美は、白いTシャツにショートパンツ姿。おしゃれなリボンの付いた小さな麦わら帽をお召しになっていた。


そんな彼女が、僅かに日陰になっている場所に留まったまま、俺達に気付いていつもの挨拶を繰り出す。


俺達3人もその真似をしながら手を振り、彼女と合流した。


「もー、どうして今日はこんなに暑いのよー。35度だってさー。干からびるっての」


ギャル美は自らのかばんをごそごそしながら、そう俺に訴えかける。


俺に言っても仕方ないが。


今日は朝1で先にキャンプ場まで用達に行ってもらっているので邪険に扱うことは出来ない。



「なー、暑いよなー。キャンプ場に行ったら少し日陰で涼しいだろうから、我慢して。それとも、バスが来るまでに、ビール1本開けちゃいます?」



「そんな微妙にぬるまったのはいらないわ。それより、これで私を仰ぎなさい」


そう言って彼女がかばんから取り出したのは、真っピンクのビクトリーズうちわ。


球団ロゴとマスコットのキャラクターが描かれ、その裏には選手のデフォルメイラストと二つ名が書かれている。


ギャル美の出したそれは、背番号64。栃木のやんちゃボーイヒットマン。



俺の応援うちわである。




「あ、バス来ましたよ」



ポニテちゃんが道路の向こうを指差す。



時刻表通りにきっちりやってきたキャンプ場方面行きの路線バス。



俺達4人は開いたバスの真ん中ドアから乗り込み、各々デッキからドローした、マジックカードをデュエルディスクに読み取らせながら乗車する。


比較的空いている車内。荷物もあるし、ゆったり座ろうと、車両1番後ろの座席に4人並んで腰を下ろす。


「あ、新井さんのうちわを私も買いましたよ。スタジアムに行くときはいつもタオルと一緒に持っていってます」


可愛いキャラクターのTシャツの中でぶるんと揺らしたそれが隣に座る俺の腕にふいに当たった。


「私も買った」


反対側の窓際でみのりんも顔を覗かせる。



すると、隣のギャル美が俺にうちわで仰がれながら、得意気な表情をした。


「このうちわのイラスト。全選手私が描いたのよ」


「え!? そうなの?」


「マイちゃん、球団と契約してるもんね。交流戦のポスターもマイちゃんが描いたんだよね」


「本当にマイさんはさすがプロ!本当に絵が上手ですよね。新井さんもそうですけど。ロンパオさんとか、キャッチャーの鶴石さんとかのうちわが特に激似なんです」


「丸顔は描きやすいのよ」


ああ、そういえばギャル美はイラストレーターだったね。このうちわの俺もデフォルメながら、特徴を捉えていてよく似ている。


若干、リアルの俺よりもだいぶイケメン気味なのが気になるが……。





「ねえ、マイちゃん。ぶっちゃけさあ。こういう仕事やるとどのくらいお金もらえるの?」


俺はどうしても気になってしまって、ギャル美に聞いてみることにした。


「それは私は分からないわよ。だって、毎月のお給料は固定給だもの。多少仕事が大変だった時は少しくらい手当ては出るけど。


あくまで会社で契約してて、私が担当してビクトリーズ関連の仕事をしているだけだから。私個人で取ってきた仕事なら、だいぶ違うかもしれないけど」



「あー、そういうもんなんだね」


「こういううちわ1枚作るのも大変なのよ? 徹夜で全選手のイラスト描いて、何回も球団事務所に行って、その度にダメ出しされて。


やっとオーケーもらったら、製造会社にコンタクト取って、現地の工場まで行って、出来上がりチェックして。安全性や耐久性も確認して、それでスタジアムに納品して………納品してから、あーだこーだまた始まって……ほんと嫌になっちゃう」



うわあ、大変なんだなー。イラストレーターって。イラスト描いたら終わりかと思ってた。



「でも、そんな大変な思いをして作った、この1枚300円のうちわを買って、一生懸命ビクトリーズを応援してる人を見ると嬉しくなるのよね。なんだか、私も北関東ビクトリーズというチームの一員になれた気がしてさ………」



素晴らしい! 素晴らしいよ、ギャル美ちゃん!


お兄さん、泣いちゃうよ!







「次は、雀宮キャンプ場前。雀宮キャンプ場前」



「さやちゃん、ボタン押して! 連打、連打!!」


「はい!」



目的のキャンプ場が見えてきて、ここしかないと慌てさせたポニテちゃんにぶるるんと何回も連打させた。



バスはゆっくりと停車して、俺達はぞろぞろとバスを降車する。



「お、ここかぁ。初めてきたけど、結構よさげな感じだな」


「なんだか涼しいわね」



「森林に囲まれているからでしょうか」



バスを降りると、そこはキャンプ場のすぐ真ん前。


針葉樹がところ狭しと俺達を囲いこみ、セミの鳴き声が辺りに絶え間なく響いている。



それでも、街中に比べれば森林の間から吹く風が心地よく涼しい。



「新井くん、あっちに受付があるみたいだよ」


とは言っても、黙って立っているだけで汗をじんわりとかいてしまう。


みのりんが指差す方に、荷物を持ち直しながら、俺達は森林の中を進んでいく。


しばらく歩いたところで、案内所などと書かれたコテージがあり、そこに入る。



「たのもー」


「こんにちは、いらっしゃいませー」



声を掛けると、キャンプ場の従業員らしい女性が現れ、なんやかんやと受付を済ませる。



「おまたー。この裏側がバーベキューするとこだってさー」


コテージをぐるりと回ると、鮮やかな緑色の芝生が広がっており、屋根が繋がるようにして、バーベキュー台とテーブルがずらりとコテージ囲むように設置されていた。


1度に100人くらいは余裕でバーベキューが出来そうな広さ。


既に何組かの子供連れの家族などがバーベキューを始めている。


「私達の場所はどこよ?」



ギャル美がキョロキョロとする。



「ほら、立て札に名前が書かれた紙が貼られているじゃない」



端から順に……鈴木様、内藤様、高橋様、岡本様、ギャル美様、とちおとめガールズ様、林さま、松本様。などと、テーブルのすぐ横に立て札が立てられている。



しばらくして、ギャル美に俺の可愛いおケツが蹴られてしまった。


どうしてだろうか。



俺には分からない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る