怒らないでね、眼鏡さん。
「はーい、お疲れ様ー。とりあえず、まずは1日2日様子見てもらって、何が異常があったら私に連絡すること。抜糸は1週間後になるから、それまでバット振ったり、グローブはめたりは禁止。
傷口に負担を掛けたり、汚したりしないで安静にしておくこと。いいね?」
「はーい」
俺は病院の先生との術後面談を終えて診察室から出た。
ファーストの選手によってスパイクされた左腕は7針縫うケガ。
幸いそれで済むくらいのケガで助かったというところ。
踏まれた瞬間は、骨をえぐり取られるような痛みだったから、やばいんじゃないかと思っていたがとりあえずひと安心だ。
「新井さん、どうでしたか?」
待合室にいた宮森ちゃんがとてとてと、俺に駆け寄る。
「案外軽傷だったよ。でも、1週間は安静にしてなきゃダメだって」
「ああ、そうですか、よかった。…………あ、すみません。ケガしてしまったのによかっただなんて………」
ほっと一安心したかと思ったら、急にかしこまって謝り出す宮森ちゃん。
「なあに、いいっってことよ。戦う男にケガの1つや2つは付き物なのさ」
俺はそうカッコつけて、彼女の頭を優しくポンポンと撫でてあげたのだが………。
「ちょっと、新井さん!気安く触らないでくれます?」
あれー? 予想してた反応と違うぞー?
どうしてだー?
「ふひー、ただいまー」
もう日付が変わってしまった頃。スタジアムに戻ったらもう選手達は帰ってしまっていて、ケガのご報告を済ませて、俺は球団職員のおじさんの車でおうちまで送ってもらった。
そして、みのりんの部屋へと帰還した。
すると、部屋の奥からドタドタドタドタ。
1人分の足音ではない。
かしまし3人娘が慌てた様子で俺の元までやってきた。
「新井くん!?」
「あんた、大丈夫だったの!?」
「新井さん!?ケガは、ケガの具合は!?」
みのりんは今にも泣きそうな顔で、ギャル美も心配そうな表情で、ポニテちゃんは今にもどことは言わないがはち切れんばかりに。
俺はそんな3人娘を安心させるように、ニコッと笑って答えた。
「大丈夫、大丈夫! 彫刻刀でやっちゃったくらいの軽い裂傷だったから。心配しないで。1週間くらいで元通りになるよ」
「新井くん、ほんとう?」
「よかったわね」
「心配しました………大ケガじゃなくて安心しました」
泣きながら俺の胸に飛び込んでくるだろう彼女達のために、痛い腕を広げて待っていたのだが………。
「なーんだ、下手に心配して損したわね。ゲームの続きやりましょ!」
「やりましょう、やりましょう!」
「やろー、やろー」
そう言ってケロッとした彼女達は、部屋の奥へといなくなった。
あれー? 予想してたのと違うぞー?
どうしてだー?
だいぶ悲しい気持ちになりながら、みのりんの部屋に入ると、ギャル美とポニテちゃんは熱心にスマホをポチポチ。
「はい、どうぞ新井くん。食べて」
テーブルに着いた俺に、みのりんはキッチンに用意していた料理を差し出す。
今日のメニューは、野菜やハムがたくさん乗った冷やし中華と蒸し餃子。あとは煮物などのお惣菜が数種類。
早速マヨネーズの添えられた冷やし中華をズルズルと頬張る。しょうゆ味の甘酸っぱいスープが食欲をそそる。
「美味い! いつもありがとう!」
「どうしたしまして。ところで新井くん、腕のケガは縫ったの?」
「うん、7針ね。先生が言うには思ったよりも傷は深くないから、安静にしてればすくによるなるって。
その間は、試合はおろか、バット振ったり、キャッチボールも出来ないからね。しばらくは大人しくしてるよ。2軍に落とされるだろうし。ケガが治ればまた1軍に上げてもらえるだろうけど」
「そっか。……でも、最後のスクイズ凄かったよね。転がしたところが絶妙だったというか」
「山吹さん、分かるの!? いろいろすごいのよ、あのスクイズは。あれは、俺にしか決められないスクイズだったと、胸を張って言えるね」
「そうなんだ。………たとえば?」
「たとえばねえ………」
「まずはカウントね。1ボール2ストライクだったから、まずその時点で1つ難しい。ファウルにしたら、スリーバント失敗で三振になるからね。ましてや3塁ランナーが返れば同点、サヨナラっていう切羽詰まった場面だし。
2つ目が転がすべきコース。あの場面、転がしちゃいけないのは、ピッチャーのグラブ側。そこに転がしちゃうと、上手くグラブトスされたらホームでアウトになっちゃうからね。
だけど、3塁線、1塁線に転がして、サードやファーストに取らせてもいけない。理由は後ほど。
だからあの場面は、右ピッチャーの右手方向。ピッチャーマウンドからややサードよりのところに転がすのがベストなわけ。
そしてその後、ピッチャーがホームをあきらめて1塁に投げてる間に2塁ランナーの柴ちゃんが一気にホームインしたわけだけど、あれももちろん偶然じゃないんだ。
いくら柴ちゃんが俊足とはいえ、ピッチャーが1塁に投げている間にホームを駆け抜けるのは難しい。
しかし、実際に柴ちゃんホームインした。
そこには、このツーランスクイズを成功させる2つの要素があった。その要素とは………」
「その要素とは?」
「お代わりの後で」
「もったいぶんな」
眼鏡が怒った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます