ホームに突っ込め新井さん
「さあ、ノーアウト2、3塁でバッターは阿久津です。1打席目はいい当たりのセカンドライナーでした。タイミングは合っていたように見えます。………さあ、ここは先制の大チャンス。ルーキー2人で作った2、3塁。得点圏打率は3割4分というバッターボックスの阿久津です」
「ここは最低限の1点が欲しいですねえ。1点入れば、次の赤月が非常に楽に打席に入れますから」
ベンチからのサインはなにもない。
なにもないということは、ギャンブルチックに何がなんでものゴロゴーではなく、打球をしっかり見てからスタートを切れという意味だが。
こんな状況で大人しくしている俺ではない。
3塁ベースから離れてリードを取りながら、セットポジションに入る相手ピッチャーを煽る。
走るよ、走るよとスタートを切る構えを見せたり、反復横飛びするように少しでも、ピッチャーの集中力を乱そうとあれこれやっていた。
3塁ベースにテレビでもあれば、リードしつつファミコンでもやってやりたい気分だったが、残念ながらビクトリーズスタジアムにはまだそんなものはないみたい。
そんなことを考えている間に、ピッチャーが投げた。
そして、阿久津さんが打った。
打球はショートゴロ。
平柳君のところに飛んだ。
比較的緩いゴロ。
逆シングル。ショートバウンドでの打球処理になる。
俺は迷わずホームへスタートを切っていた。
走れ、ホームまで!! 風のように!!
届け、ホームまで!! 光のように!!
覚えているだろうか、3塁ランナーとしている時に発動する俺の必殺技を。
3塁ランナーとしてプレーしていると、バッターのスイングがよく見える。
そりゃあ、1番近付く位置にいるのだから当たり前なのだが。
ピッチャーの投げたボールに対してバッターがバットを振り出す。
その瞬間。ボールとバットの軌道を比べるようにして見た時、どんな打球が飛ぶのかだいたい予想がつく。
もちろん100%というわけではないが、フェアグラウンドに飛ぶかファウルになるかはさておき、フライになるのかゴロになるか分かる瞬間があるのだ。
その感覚というタイミングみたいなものをしっかりと見極めて1歩でも早いスタートを切る。その1歩、半歩分が打球を処理する内野手に迷いを生ませることが出来るかもしれない。
3塁ランナーとして一瞬でも速い判断でスタートを切ることが出来れば、これは相当な武器になる。そのまま1点に直結するのだから。
後はその感覚を信じて、思い切り前に出ることが出来るかどうか。
みのりんに告白出来るかどうか。
つまりは、自分を信じてあげられるかどうかだ。どんなゴロになろうと、迷わずスタートを切れたなら、楽にアウトのタイミングにはならないはずだ。
「ショートゴロ! ランナー新井はホームに突っ込む!!平柳はバックホーム…………出来ない! 1塁へ送球です!1塁はアウト! ………その間に新井が先制のホームインであります! 」
3塁からホームに突っ込む俺を見て、相手キャッチャーがマスクを投げ捨てて、ホームベースの前に出て体勢を低くする。
しかし、それも一瞬の間だけで、俺がスライディングしようとする頃には、ああ………といった表情で視線が1塁の方向へと向いた。
コリジョンルールにより、空けられた走路からスライディングして左手でベースタッチ。
貴重なチョロQホームインである。俺の必殺技が平柳君のフィールディングを上回ったのだ。
俺は膝とおケツを土で汚したまま、1塁ベンチへと駆け込んでいく。
「オッケーイ!ナイス、スタート!」
「新井さん、ナイスラン!ナイスラン!」
「いいぞ、新井!ナイス!!」
今のプレーはあんまり野球が分かっていないだろうチームメイト達も、それなりの価値が分かったようで俺の可愛いお尻を叩きながら、彼は出迎える。
「新井、わりいな。引っ掛けちまった」
「なあに、次はたのんますよ」
最後に内野ゴロを打った阿久津さんとグータッチをかわして、ベンチに腰を下ろす。
阿久津さんとしては、救われたような打席だっただろう。
最低でもでかめな外野フライが欲しい場面で、多少甘いボールを打ち損じた内野ゴロだったのだから。
そういう意味があって、阿久津さんは俺に謝るような口調だったのだろう。
それでも、チョロQのおかげで阿久津さんに打点が付くのだから、もっと俺を評価して欲しいものよね。
タオルで顔の汗を拭うと、カツーンと打球音が響いた赤ちゃんの打球は右中間に高々と上がっていた。
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