ビクゥとなる新井さん
他の球団はどうなのか知らないが、うちのサインはいちいちメッセージ性のある伝達の仕方をしてくることがある。
前もバントのサインが出た時。
ただバントのサインが出るわけではなく。
1塁側に転がしなさい。
ピッチャーに捕らせるようにバントしなさい。
変化球ならバットを引きなさい。
バントだけど、行けたらランナーも走っていいわよ。
打てるならバスターやってみてご覧なさい。
などと、バントだけでもいろんなパターンのサインを出してくる。
まあ、そんな細かいサインが出ても、結局は無難バントするだけに終わることも結構多いけど。
サインは出すが、ある程度選手に任せる、珍しい采配の仕方なのだが、今のようにバントだけど絶対走るなと食いぎみでサインしてくることもある。
普段から、ランナーとして出て、盗塁のサインが出ていなくても、モーションを盗んだら誰でも自由に盗塁してもかまわない方針なのだが。
俺の時にはよく、絶対に走るなと、ベンチから通達される。
足は速い方じゃないし、そんな技術なんてあるはずもないから、盗塁するつもりなんてさらさらないのに。
あいつはほっといたら勝手に無謀な盗塁するかもしれん。
塁に出たら、すぐ調子に乗るからなあ、あいつは。
などという首脳陣の、俺を信用してない感がサインに滲み出ているのが気にくわない。
「石浜投げました! 柴崎はバント! 1塁線、いいバントになりました!」
「今日2番に入りました柴崎の送りバント成功で、1アウトランナー2塁です」
ここは柴ちゃんがきっちり1発でバントを決めて、俺は2塁へ。
すると、ベースカバーにきたショートの平柳君が近寄ってきた。
「今日は1番なんですね、珍しい」
相手は高卒ドラ1の5年目。しかし、1年目ながら28歳である年上の俺にちゃんと敬語を使う彼に、俺は申し訳ない気持ちになった。何故ならこいつは2億円プレイヤー。球界のスターなのだから。
「今はなにがなんでも勝たなくちゃいけないからさ。君も手加減してよ」
「あははっ、それは無理っす。……でも、もうちょっと早く活躍していれば、一緒にオールスター出れたのに。残念っす」
そう笑いながら平柳君は、ショートのポジションへと戻っていく。
彼は2年目から、ショートのレギュラーとして活躍し始め、その年にチームは日本一。
自身も打率3割ちょうど、12ホーマーで全試合に出場して、ベストナインにも選出された。
今では東日本リーグを代表する内野手。日本代表にも選ばれている選手だ。
しかし、余裕の表情だったな。今まで話したことも全然なかったが、全く慣れた様子だった。
さすがは独走で首位を走るチームの中心選手だ。
今日はなんとしてもその鼻をあかしてやりたい。
「3番、サード、阿久津」
1アウト2塁。
バッターは3番、ベテランの阿久津さん。
最近調子を落として打率は下降気味だが、得点圏打率はリーグの中でも上の方。
こういう場面では、無駄に大振りをしたりはせずに、ベテランらしい確実性のある勝負強いバッティングをしてくれるはずだ。
ストレートでもスライダーでも対応して、1ヒットをしっかりと狙うそんなバッティングを。
外野もそれほど前には来ていない。外野に打球が抜ければ一気に3塁を蹴ってホームにつっこんでいくイメージを高める。
相手ピッチャーがセットポジションに入り、俺はリードを取る。
背中でチョロチョロするショートの平柳君の動きを感じながら、1歩でもリードを大きく。
1歩でも3塁ベースに近く、なおかつ素早い2塁牽制がきてもギリギリ戻れる絶妙な距離を探りながらジリジリと足を動かす。
ピッチャーが足を上げてホーム側に体重移動しながら、投球動作に入り、それを見た俺はスルスルと第2リードを取り、3塁へとまた近付く。
ボールは低めいっぱいの速いストレート。阿久津さんがそれを見逃す。
すると、捕球したキャッチャーがバッと素早い動作で2塁へとボールを放ってきた。
平柳君がいつの間にか2塁ベースに入っている。
俺はビクゥ! となりながら慌てて頭から戻る。
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