退場<アイスな新井さん
アイスという単語を耳にした俺は、退場とか、チームの連敗なんてどうでもよくなるくらいにテンションアップ。
柱の陰に隠れていた広報担当を引っ張り出す。
「宮森ちゃん、宮森ちゃん」
「なんですか?」
視界の端に見えるブチギレ投手コーチの姿をびくびくと伺いながら、彼女は俺のユニフォームに怯えるようにしてしがみつく。
「ねえ、アイスあんの?」
「アイスですか? ありますけど。一応横浜さんが用意して下さったものなら、ケータリングのある部屋の冷蔵庫に……」
「あ、そうだったの? あるなら早く言ってよー。おにぎりしか食べてなかったよ」
「アイス食べるんですか? 退場になったくせに?」
「くせにとはなんだ! くせにとは! 宮森ちゃんも見てたでしょ? 俺が退場なんておかしいでしょう?」
「まあ、見てましたけど。外野手の新井さんがしゃしゃり出る場面じゃなかったですよね……」
「だって、そうしないとコーチが退場になっちゃうところだったじゃない」
「でもあれじゃ、新井さんが余計なことをしに出てきただけにしか見えなかったですけど。まあ、新井さんの気持ちは分かります」
「うん、まあね。………とりあえずアイスちょうだい」
「はい」
「「ドウワアアアァァッッ!!」
ケータリングルームの冷蔵庫を開けた瞬間、壁の向こう側からものすごい歓声。
壁を突き抜かんばかりの、まるで地鳴りのような震える音だ。
「新井さん!歓声がここまで聞こえるなんて、まさかサヨナラ負けですか!?」
「でしょうねー。おお、ほとんど100円アイスだけど結構種類あるじゃん!」
冷蔵庫の冷凍室をガバッと開けると、色々なアイスがズラリ。
濃厚バニラ、増量チョコミント、味わい抹茶、さっぱりレモンスカッシュアイス。おお、冬こそ美味しい大福アイスもあるぞ。
「ねえ、宮森ちゃんはなにを食べ………どうしたの? そんな怖い顔して……」
振り返るとチームジャージ姿の宮森ちゃんは両手に力を入れてわなわなしていた。
「新井さん。チームが負けちゃったんですよ? どうしてそんな呑気でいられるんですか!?」
彼女にそう言われて俺はどんな顔になっただろうか。
そりゃあ、俺だって平気じゃないさ。
ただこうしてないと、本当に審判室に殴り込んでいってしまいそうだったんだ。
「今日で何連敗か分かってます? 10連敗ですよ、10連敗! 新井さんはもっと悔しがると思ってました!! それなのに、アイス、アイスって!もう知りません!この下手っぴ! ノーパワー!」
宮森ちゃんはそう言い残して、部屋を出て行ってしまった。
俺だって悔しいよ。腸が煮えくり返りそうになるくらい悔しいさ。
こうしてふざけ半分に冷気にでも当たっていないと、どうにかなりそうなくらい悔しいんだ。
そして、チームメイトと合流しホテルに戻ってやけ食いだ。
「おーい、新井もカレーおかわりするかー?」
「………えっ? はい、いただきます!」
「サラダもあるぞー、ドレッシングはどうする?」
「ゴマドレで」
「新井さん、新井さん! デザートコーナーが補充されてましたよ。ババロア持ってきたんですけどこれも食べます?」
「ああ、ありがとう。浜出くん」
なんだ、なんだ? やっぱりサヨナラ負けだった試合が終わり、ホテルに帰って飯の時間になるなり、なんだかみんなが俺に優しいぞ。
一通りアイスをソッコーで食べ終えた俺はみんなよだいぶ早くバスに乗って待機していた。
てっきり俺は帰ってきたコーチ陣に叱られると思っていたのだが、バスに乗り込んだ彼らは、俺の肩や頭をポンポンと労うように叩いて通りすぎていく。
いちいち通りすぎるおっさん達がソフトタッチしていくので気持ち悪かったのだが、その時から無駄にみんな優しい。
せっかく、また戦犯に仕立て上げられた時のネタも仕込んでいたのに。
肩透かしを食らってしまった感じだ。
ただ1人を除いては。
「……ふんっ!」
チームスタッフの、広報担当の宮森ちゃんだけは、俺に目くじらを立てている。
いつもは栄養バランスを考えなさいとギャー、ギャーうるさいのに、今日はわざわざすんごい遠くのテーブルに座って俺にそっぽを向いている。
これだから女性という存在はめんどくさい。
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