getoutな新井さん。

あっ……って思った時には、守谷ちゃんが投げたボールは1塁ベンチ前をコロコロ。


一瞬でグラウンド、スタンドが騒然となる中、2塁ランナーが3塁を回り、ファウルグラウンドに転がるボールをマスクを投げ捨てた鶴石さんが取りに行く。


俺もなんとかしたかったが、それをなんとか出来るわけもなく、鶴石さんが足から滑り込みながらボールを拾った時には、2塁ランナーが。




いやあ、時間が止まったような感覚だったね。



同点のランナーが楽々ホームインしてしまった。


棚ぼたの1点。


勝手に転がり込んできた同点劇に、スタジアムは割れんばかりの大歓声。


空から降り注いでくるようなものすごい歓声だ。


しかしそれより、セカンドの守谷ちゃんを見ていられない。


ピッチャーのキッシーや、ショートの赤ちゃんが側に寄って声を掛けるがもうどうしようもない。


与えた点は返ってはこないのだ。




そんな流れ、一気にサヨナラムードになった次のバッターに対してキッシーのピッチングは難しく、これもフルカウント。



ドシッ!



低めいっぱいストレート。コースは入ってる。





「………ボール!!」



球審の手は上がらなかった。


すると、うちのベンチから見慣れたおっさんが1人。グラウンドに殴り込むようにして現れた。ピッチングコーチの吉野さんである。



明らかにキレてる様子。凄い勢いでベンチから飛び出した吉野ピッチングコーチ。これはまずい! なんとかして止めなければ!



俺は瞬間的にそう考えた。





「どこ見てんだ、この野郎!! どこがボールなんだよ!!さっきからおかしいだろ!」


遠目から見ても、明らかに吉野ピッチングコーチはブチキレている様子で主審に迫っていく。抗議とかにちょろっと出てきたような平穏な顔色ではなかった。


しかも、ベンチから止めに出ようとする人間がいない。みんな、どうした? と、グラウンドを覗いているだけ。


このままでは、審判を殴るか突き飛ばして吉野コーチが退場になってしまう。


それはまずいと、俺はユニフォーム姿のまま夜の横浜の街に繰り出すような勢いで、レフトから猛ダッシュした。


「さっきからおかしいじゃねえかよ! 最下位いじめしてんじゃねえぞ!!」


「なに!?」



ズンズンと歩きながら、コーチが叫ぶと、主審はマスクを外しながらむっとした表情をした。



「どこがボールなんだよ! 向こうのはストライク取ってるだろうが! ホーム贔屓か、ゴラァ!!」


「吉野ピッチングコーチ、ベンチに戻りなさい! さもないと退場に…………うわあっ!」



しまった。



猛ダッシュで止めに入ろうとしたら、人工芝とアンツーカーの間で足を取られて、その勢いで球審様を突き飛ばして、転ばしてしまった。



あの………その…………わざとじゃないんですよ?



主審様はゆっくり立ち上がると………。



「吉野コーチ、新井! 退場!!」



そ、そんなぁ!?






「えー、お知らせ致します。ビクトリーズ、ただいまのボール判定に対しまして侮辱的な発言をしました吉野ピッチングコーチを退場。新井選手も暴力行為を働きましたので、同じく退場処分と致します」



そうアナウンスされたようで、スタジアムからは歓声が上がり、俺の代わりに内野手登録の選手が慌てながらグラブを着けて、レフトの守備位置へと走っていった。


そして俺は不本意ながらグラウンドを後にする。そんなバカな………。


退場だから、ベンチにもいられない。


チームメイト達は、俺をかわいそうな目で見ているだけで、なにも言わない。俺の巻き添え退場劇に、みんな唖然としていた。


吉野コーチと一緒に荷物をまとめて、俺はベンチ裏へと下がった。





「くそっ、ふざけやがってよ!!」


吉野コーチはベンチ裏に来るなり、床に置いてあった自分のセカバンをボッコボコ。力任せに何度も蹴り上げていた。


ドガッ! バゴッ! っと何度も何度も。


そんな場面に出くわしてしまった間の悪い宮森ちゃんがさささっとどこかへ逃げていった。



そんな雰囲気の中、そのカッカッしやすい性格のため、現役時代から何度も退場経験もあるコーチに訊ねた。


「あの、コーチ。退場した時ってどうすればいいんですか?」



するとコーチは、キッと俺を睨み付けて……。



「知らねえよ! てめえは大好きなアイスでも食ってろ!!」



アイス! アイスがあるの!?



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