ファンと交流する新井さん。

「はい。これ、タオルとTシャツもサインし終わったよ。なかなかカッチョよく書けてるでしょ」


「わー、すごい! ありがとうございます!宝物にします!」


tokihito araiと、崩したローマ字をたて向きにして、横に64と背番号と書くスタイルにして、ちゃんとみさきへと添えて、彼女がカバンから出したグッズ全てにサインを施した。


彼女は何度もありがとうございます! ありがとうございます! と、俺に頭を下げながら、グッズをジップロック的なやつに、1つ1つ丁寧にしまう。


「後ろの方達の邪魔になりますので、ちょっと私はどきますね」



ん? 後ろの方達?



「すみません、新井さん!私にもサインお願いします」



わあ! なんか別の女性ファンが後ろから現れた。


そして、その後ろではさらにちょっとガヤガヤしている。


俺はあわててベンチから立ち上がり、新しく来たファンの後ろを確認すると………。


「あ、新井さんだ!」


「新井選手ー!」


「新井くーん!」


なんか知らん大人達がいつの間にか20人くらい並んでいる。ちょっとしたサイン会になってしまっているじゃないか!


のんびりサインしていたんでは、いつたい焼き屋に行けるか分からないぞ!


ダッシュでサインだ!ダッシュで!






と、俺は張り切っては、並んでくれたファン達に次々とサインをしていたのだが。


1人書いては新しく1人並び、1人どいてはまた1人現れるそんな展開。


しかも、サインをもらい終わったファンがきゃっきゃっきゃっきゃっ楽しそうに俺の周りに群がったまま。


そんな光景が今日は試合のないビクトリーズスタジアムの側で繰り広げられているからか、その楽しげな雰囲気に興味をそそられたビクトリアンの人々がゾンビのように寄ってくる。


「新井さん、今日の練習はもう終わりですかぁ?」



「終わりだよ。バッティング練習してたんだよ」


もう昼過ぎなのに、今日はまだたい焼き1コしか食べていない。


「これからどこか出かけるんですかあ?」



「スーパーでお買い物したらおうちに帰りますよ」


だんだん腹が減ってイライラしてきた。


「いつも球場には何時くらいにいるんですか?」



「1時半くらいだよ」


そんな風に受け答えをしている間にも、きゃーきゃー言いながら、馴れ馴れしくボディタッチしてくるファンもいる。



「だー!! お前らいい加減にしろー!!」



俺は座っていたベンチを引っこ抜いて、横の芝生にふん投げてやった。


そして、ガヤガヤうるさいファン達を一喝する。



「全員、集合!! 集まれ!並んでいる奴らも全員!!」



平日の昼間にこんな場所をブラブラしているダメな20人くらいの大人達を俺の目の前に1列に並ばせた。





「えー、ファンの皆様! きちんと並んで順番待ちしている中、大変申し訳ないのですが、わたくし新井時人は大変お腹がすいております!


今日は移動日にも関わらず、皆様も知っての通り、チームは大連敗中ですから、鬼のコーチ達に呼び出されまして、早起きしてバッティング練習に励んでいたわけです。


このまま空腹の時間が長引きますと明日の試合でヒットが打てなくなってしまいます。しかし、せっかく集まってもらったファンの皆様にもちゃんと対応してあげたい。


そこでどうでしょう。交換条件というわけではないですが、1人1つ食べ物を持ち寄りまして、今日はこんな暑い夏日です。日陰にレジャーシートを敷いて、そこで昼御飯にしながら、サイン会を再開しましょう! それでよろしいでしょうか?」



俺が言ったその言葉に、ファン達はみんな笑顔で手を挙げた。



「「はーい!!」」



「それじゃ、解散!ダッシュよ、ダッシュ!周りに迷惑掛けない程度のダッシュよ!」


話がまとまると、ファン達は各々散らばるようにズドドドと走り去っていく。



バカなファン達だぜ。



さて、帰ろう、帰ろう。











「ちょっと待って下さい、新井さん。帰るなんてダメですよ。ファンを裏切るつもりですか?」



「げっ!1番最初の人………早く帰っとけよ」

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