必死にプレーする新井さん

なんとかもう1本。


なんとかもう1本ヒット打ったろ。


それしか考えていなかった俺は、三遊間に打球が転がった瞬間、1塁にヘッドスライディングしたろ。



それはもう意地である。この試合に勝とうなどというのは厳しい。しかし、このまま引き下がるわけにもいかない。


なんとか一太刀。勝利を確信仕掛ける相手になんとか一矢を報いたい。


そう思ったのだ。


3点ビハインドで、他の奴らが打てる気配は微塵も感じない。


相手のショートはバックハンドで打球を処理するだろうし、そんなに余裕でアウトにはならないだろうから、僅かでもチャンスがあるのならば、1塁へ気持ちのこもったスライディングをかますのだと走り出しながら決めた。


俺にとって幸運なのは、若干ワンバウンドになった送球が1塁手のミットから遠いところに逸れたこと。


俺が頭から滑り込んだ瞬間、1塁手の足がわずかに離れたのだ。


ずれたヘルメットのつばの先から見えたのは、1塁塁審が手を広げる姿とその先にあるバックスクリーンに灯った「H」の文字だった。




「1塁はセーフ、セーフです! タイミングは微妙ですが、僅かに川山の足が離れたでしょうか。記録はヒットです」


「あれだけ一生懸命に1塁へ滑り込んだら、ヒットにしたくなりますよねえ。これもヒットを打つためのテクニックの1つでしょうねえ」












埼玉 001 200 000 3


北関東000 000 000 0


勝 桜池 9勝3敗 負 碧山 2勝6敗


本塁打


埼玉 フェルナンド 7号ソロ(3回)



埼玉が連敗を3で止めた。埼玉は3回、フェルナンドの7号ソロで先制すると、4回には豊田の2点タイムリーツーベースで加点した。


埼玉先発の桜池は、被安打2、12奪三振の完封勝利でハーラー単独トップの9勝目。北関東相手に前回登板の雪辱を晴らした形になった。


敗れた北関東は新井が2安打放つだけに終わり、先発の碧山を援護出来なかった。



試合後談話


完封勝利の埼玉先発の桜池


「今日は初回から球も走っていたし、コントロールもよかった。キャッチャーともストレートで押していこうと話しましたし、思い通りのピッチングが出来ました」



先制ホームランのフェルナンド


「いい形で変化球を捉えることが出来た。なんとか先制点が欲しかったのでいいホームランになったと思う」




2安打に抑えられた北関東の1軍打撃コーチ。


「今日は相手ピッチャーがよかった。カウントを取りにくる変化球を狙わせたが、上手く相手バッテリーにかわされた印象。ヒットに出来たのが、新井だけというのはみんな分かっているし、彼のように気持ちを見せるバッティング、プレーをして欲しい。明日は奮起してくれると思う」







翌日。



どんな負け方をしても次の試合がすぐやってくる。負けてもソッコーでリベンジチャンスがあるのがプロ野球のいいところだ。




「ビクトリーズ、7回裏の攻撃です。2アウトですが、ランナー2、3塁のチャンス。バッターボックスには4番の赤月です。カウント、1ストライク1ボール」



俺は3塁ランナーとしてリードを取りながら、打ってくれー! なんとかしてくれー! と、バッターの赤ちゃんに念力を送りながら必死にお祈りしていた。



カンッ!!



それが効いたのか、赤ちゃんがバットを振り抜くと、打球は1、2塁間をゴロで抜けていった。



3塁ランナーの俺は、赤ちゃんバットを拾いながら余裕のホームイン。


振り返ると、3塁コーチャーのおじさんがぐるぐると腕を回し、2塁ランナーの阿久津さんがホームに突っ込んでくる。


打球の行方を見ると、ライトからの返球が少しだけ1塁方向にずれそうだった。


俺はホームに突っ込んでくる阿久津さんに見えるようにホームベースの後ろ側に滑り込めと、赤ちゃんのバットを握りながら、こっち! こっち!と腕を振る。


キャッチャーにボールが届く。


阿久津さんが俺が指示した方向に向かいながら、足から滑り込む。


送球が少し逸れた分だけキャッチャーがタッチが遅れ、その間を縫うようにして、阿久津さんの左手がホームベースの角に触れた。



「セーフ!!」

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