たまに変なことを言い出す新井さん
もういっちゃん話が早いのは、バチーンとクリンヒットを打ってもらうか、カツーンと大きい外野フライを打ってもらえば1番楽。
たいした当たりでもない打球でなんとか3塁打にしたんだから、楽にホームへ返りたい。
打席にはチームで1番信頼できるキャプテンの阿久津さん。経験豊富な大ベテランに頼りたいが。
「同点の9回表、東北レッドイーグルスの内野陣は当然前進守備です」
「こういう場面ではきっちり仕事するバッターですからね。ボールもまずは低め集めるでしょうねえ」
内野は前進守備。相手バッテリーの攻め方は恐らく低め中心で外野に飛ばさせない配球をするはず。
ワンバウンドする変化球で三振をさせるか、高めのボール球を振らせるような配球をするだろう。
しかし、阿久津さんも当然そういう攻め方をしてくることは分かっているはず。
まあ、色々考えたところで、俺が出来るのはホームに向かって全力で走ることだけ。
こうなったら、俺の特殊能力を発動させるしかないな。
その名も………。
人間チョロQ!
え? べつにふざけてないですよ。
縁のないテーブルなんかでチョロQをおもいっきし走らせたことがあるでしょ?
今のイメージはそんな感じ。
走るだけ走って、ホームベースさえ触ったらピューンとおもいっきし通り過ぎるみたいな。
テーブルから落ちてもう簡単には取れない棚の下にもぐり込もうが、料理中のお母さんが踏んづけて怒られようが、ギャル美に誘惑されようが、その後のことはどうでもいい。
ギャル美に手を出して、みのりんに申し訳ないとか、万が一のことが起きたらちゃんと男として責任取るとか。
そんな話じゃなくて。
要は、3塁でリードしながら、中のバネがおかしくならそうなくらい、チョロQをバックさせたまま固定して前に走り出すパワーを限界まで溜め込んでいるイメージなのよ。
爆発的にギュルルルしながらホームベースに向かって走り出すために。
セットポジションに入るピッチャー。バットを構える阿久津さん。
走り出すきっかけとして見るのは阿久津さん。
阿久津さんがバットを握り、力を入れている左手首。
ピッチャーが投球したら、見るのはそこだ。
そこが動くかどうか。 バットを振り出そうとする時にグイッと回る場所。必ず最初に動き出すのは右バッターの場合は左手首だ。
打ちに行こうとしたら、最初に左手首が回り出す。
そこを見るのだ。チョロQになった俺は。
もうそこが動いたら走り出す。
ライナーになろうが、空振りしようが知らん。
ゴロが転がったらゴーとか。ギャンブルチックにバットに当たった瞬間にゴーとか。
それでは遅い。たいして足の速さが優れているわけではない俺が少しでもホームに生還するためにはそれでは遅いのだ。
阿久津さんがスイングした瞬間に飛び出す。阿久津さんのグリップが動いたら飛び出す。阿久津さんの手首にぐっと力が入った瞬間には走り出す。
俺は頭の中でずっとそう唱えていた。
そして、3球目。
「ピッチャー3球目投げました! 阿久津打った!詰まった打球、セカンド正面! バックホーム! ………は出来ない!1塁へ送球、2アウト。ビクトリーズ勝ち越し! 阿久津のセカンドゴロの間に新井が生還、1点勝ち越しです!!」
「いやー、新井くんはいいスタート切りましたねえ。弱い打球でしたが正面に飛んでバックホーム出来ませんでしたから」
「そうですね、新井は俊足といえる足の速さではないんですが………。こういったところで走塁に対する意識の高さが目立ちますねえ。今リプレイが出ていますが、阿久津がスイングした時にはもうスタートしているタイミングで飛び出しているように見えました」
「まあ、いわゆるギャンブルスタートというやつですけどねえ。これはやろうと思ってすぐ出来るものじゃないですから。日頃の練習から意識していないとなかなか実践出来ないですよ。貴重な走塁です」
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