守備もがんばる新井さん

「5番、サード、村中」


バッターボックスには、これまた強打者の村中さん。


今年はここまで本来の打撃を発揮出来ておらず、4番の座を元メジャーリーガーの新外国人に明け渡してはいるが、時折見せる抜群の長打力が恐ろしい。


埼玉が誇る右のホームランバッターだ。


またこっちに打球が飛んできそうだ。


守備位置も少し深めに守るべきだろうか。


「新井さん! 少しバックっす! バック!」


ベンチの前に出てきた守備走塁コーチのサインを見て、センターの柴ちゃんが守備位置を下げろとジェスチャーして、ライトの桃ちゃんとレフトの俺は守備位置を下げる。


もうすぐ後ろにフェンスがあるくらいまでバックした。


それなのに、詰まった打球が俺の前方に上がる。


俺は猛然とダッシュする。


「村中、インコースのストレートを打ちました! バットが折れた! 打球はレフトの前へ! 新井が前進して前進して…………飛び付いた!!捕れるかー!?」






俺の目の前にふらふらっと上がった打球。


俺はその打球にたいして無我夢中に突っ込み、思いっきりダイブした。


さっきアウトに出来なかった分をなんとしても取り返したかったのだ。


ダイビングキャッチを試みて、左腕を伸ばす。


すると、グローブの先ギリギリに打球が入った。


しかし、その寸前でボールがワンバウンドしていた。


俺が打球を掴んだのは、その後だった。


俺はすぐに起き上がる。それでも、両足を立てる時間はない。ノーバウンドで捕れるかどうかギリギリだった。


2塁ランナーの外人は俺が打球に飛び込んだのを見て、今3塁に向かったところだろう。それならば、3塁で刺してやる!


俺はダイビングキャッチの滑り込んだ勢いを生かして、片膝だけを立てて、中継に近寄ってきたショートの赤ちゃんにすぐさまボールを返す。


赤ちゃんはそのボールを持って3塁に投げようと振り返ったが、ランナーの外人は進塁をあきらめて、2塁に引き返したところだった。





「なんと先のランナー2塁のまま。レフト前ヒットでフェルナンドが3塁へは行けませんでした! レフト新井の素早いプレーに虚をつかれたかフェルナンド。ノーアウト1、2塁になりました」


「いやー、これは難しいプレーですが、褒めるべきプレーではありませんねえ」


「大谷さん、と言いますと?」


「4点リードしているわけですから、一か八かのプレーを外野手がやる必要はないんですよ。無理してダイビングキャッチを試みる場面ではないんです。待って取って、ノーアウト1、3塁で構わないんです。後ろに打球を反らしてしまえば、1点取られてノーアウト3塁という場面に、最悪の場合そうなってしまいますから」


「なるほど。場面に応じた守備をしなくてはいけないんですね、新井は」


「しかしね、ああいう積極的な姿勢は大切ですよ。なかなかそういうプレーが出来る選手がこのチームにはいなかったですからねえ」


「そうですね。こうして1軍に昇格して即スタメン。そして2安打を放って、この2つの守備ですから、新井がこのチームのこれからのキーマンになるかもしれませんね。しかし、ビクトリーズ4点リードですがピンチです。ノーアウトランナー1、2塁で打順は6番に回ります」








プレーが終わって少し時間が経ち、集まっていた内野陣の輪が解ける頃になると、果たしてさっきの俺のプレーはどうだったんだろうと思ってしまった。


とにかくフライを掴んでアウトにしたくて、思わず飛び付いてしまったけど、もし後ろに反らしてしまったらと考えるとぞっとする。


正直先頭打者にツーベース打たれてる時点で、1点は覚悟しなきゃいけないよなあ。


4点リードしているわけだし。ちょっとあれは反省しなきゃなあ。


でも自分で守って1個アウトにしてみたかったからさあ。


守っている以上、そういうのってあるじゃない?


「打った! いい当たりもサードゴロ。阿久津、3塁ベースを踏んで1塁へ送球! 1塁もアウト!! ダブルプレー! ビクトリーズこれは助かった! 2アウト2塁に変わります!!」


バッターが打った瞬間、またこっちに打球が来たあ! と思って体がびくんとなったがサードの阿久津さんがガッチリとキャッチ。


ゲッツーが完成して一気に2アウト。


そしてまた、次のバッターの打球がレフトに飛んできたが、さすがにこれは無理。


もういっちゃったって分かるやつ。


俺はその打球を見上げることもなく、定位置から1歩も動けなかった。

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