激走の新井さん

インコース真ん中のボール球。


ストライクゾーンからボール1は個外れていそうな速い球だったが、俺はその球に対してフルスイング。


左足を思いっきり開き、腰を鋭く回して、肩に乗せていたバットで上からボールを叩く。



しかし、バットはバキッ! っと気持ちよく折れた。


球団から支給される1本7500円の安いバットが簡単に折れた。


それでもフェアグラウンドに転がった打球は、守備側に取って簡単な場所には転がらなかった。


打球に勢いはないが、これまた三遊間のちょうど真ん中へ。


ライン際に守備位置を取っていたサードが懸命に飛び付く。


が、打球はそのグラブのわずか横を抜ける。



ショートが深い位置で回り込むがその時点で俺の勝ちだ。



ショートが打球に逆シングルで追い付いた頃には、俺は1塁ベースの手前。


時速200キロの送球でもしない限り、俺を刺すことは出来ない。


ショートはボールを右手に持ち替えただけで送球はあきらめた。


そして俺は、ガッツもあることをアピールするために、セーフを確信していたが、1塁へとヘッドスライディングをかました。




「いいぞ、新井! やったな! よくあのインコースを打ち返したな!」


「ふふふ、まあね」


ユニフォームの土を払い、1塁コーチャーとタッチを交わす。


いやあ、なんだかプロでやっていけそうな気がしてきたぞ。


「新井選手、ただいまのヒットで猛打賞です!猛打賞と致しまして、本日のゲームスポンサーであります、宇都宮桃菓堂様より、特製桃饅頭詰め合わせが送られます」



ヒットを打ち、1塁ベース上で3塁コーチャーのサインを確認する。


特別サインはない。


うちの1番打者が打席に入り、さっき牽制球でアウトになった俺なのでリードは控えめに。


しかし、そういう時に限って、うちのバッターがまともなバッティングをやりやがる。


1番打者の打球は、左中間への大きな当たり。ぐんぐん伸びるが、フェンスオーバーはなさそうだ。


センターが背走してフェンス際まで走る。取れる取れないか微妙な当たり。


しかし、ここは一か八か、打球が落ちるのに期待して俺は全力でベースを回る。


たとえ取られても、位置的に2塁を回ったくらいなら1塁に戻れるし………って落ちたー!



走れー!!


本塁目指して走れ俺!!






2塁ベースを回ったところで、フィールドに落ちた打球を急いでセンターが素手で拾うのが見えた。


そして少し広がりながら3塁ベースを回ろうとしたところで3塁コーチャーが右腕をぐるんぐるん回しているのが視界に入り、3塁ベースを蹴り、ホームへと突入する。


俺が返ればこの終盤になって先制点となり、勝ちを大きく引き寄せる1点になる。


俺が腕を振ってがむしゃらに、ホームベース目指してダイヤモンドを駆け抜ける。


ホームベースまでもう少し!


キャッチャーがベースの前に立ち、ミットを構えた。


俺は頭から滑り込む。


その瞬間、バックホームされたボールを捕球しようとしたキャッチャーのミットが1塁方向へと伸びた瞬間、俺はホームへの生還を確信した。


あとは普通にスライディングして、きっちりホームベースを触ればいい。


頭から滑り込み、左を伸ばしてホームベースに触れた俺は転がり込むようにして主審の判定を見る。


「セーフ!!」



よっしゃい!!!


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