蹴りやすいおケツだった。
とりあえずここぞとばかりに俺は吠える。
「てめえら、試合に負けてヘラヘラしてんじゃねえよ! 悔しくねえのか!!」
「ちょっと、新井さん。落ち着きましょう」
俺がブチギレると柴ちゃんがなだめるように近付いてきた。
俺はいい獲物が向こうからきてくれたと思った。
「おい、柴崎! ヒット打って舞い上がってんじゃねえ! どうして2塁まで行ってねえんだよ! バックホームされている間に2塁まで行けや、コラ!!」
俺はそう言って、柴ちゃんのケツを蹴っ飛ばす。
「新井さん。暴力はダメっすよ!」
続いて色黒の坊主頭がやってきた。
「おめえもだ、浜出! 全力プレーがお前のモットーだろうが、ちょいちょい手を抜いてプレーしてんじゃねえ! プロになったつもりかよ、高校上がりが調子に乗ってんじゃねえ!」
バチコーンと坊主頭をひっぱたく。
さらに俺は周りであぜんとするチームメイトに言い放つ。
「いいか、おめえらもだ! てめえらにはプロとしての覚悟が足りねえんだよ! 恥ずかしくねえのか、こんな試合しやがって。
こんな状態でもチームを応援してくれるファンに申し訳ないと思わねえのか!! 俺達は今シーズン1勝しかしてねえ! 1勝15敗1分だぞ!?
このままじゃここにいる半分はシーズンオフにはクビだ、クビ! ! このチームを戦力外じゃもうお前らに野球やる場所なんてねえよ!!全員でこことベンチを片付けてから帰れ! 一昨日、昨日と誰が掃除してくれてると思ってるんだ! バカどもが!! 」
俺はそこまで言うと、さっさとロッカールームへ。
着替えを済ませると、自腹でちゃちゃっと新幹線に乗って宇都宮に帰ってやった。
2時間後。一部始終を知った首脳陣からの通達で、俺は2軍へ逆戻りとなってしまった。
ふざけたチームだよ。俺はチームに気合いを入れただけじゃねえか。
「新井くん? どうしたの? 何かあった?」
自分では普通に装っていたのだが、ご飯を用意するみのりんにはバレてしまったらしい。
「うん。実はさ、今日の試合が終わった後にさ、どうも不甲斐ないチームを見てて腹が立ってしまって、みんなの前で暴れ回り………柴ちゃんと浜出君に天誅を下したら、結果俺が2軍に落ちることなったんだ」
そう伝えると、大皿を棚から出すみのりんの表情が一瞬動揺したものになった。
しかし、それもほんの一瞬だった。
「大丈夫。きっと新井くんはすぐ1軍に戻れるよ。だって、今となってはチームに欠かせない存在だから。私にはそう見えたよ」
本当は俺が2軍に落ちただの、代わりに誰が1軍に上がっただのという公示は明日の昼頃に出るので、みのりんとはいえ、他人に言うもののではないのだが、みのりんは優しい言葉を俺にかけた。
しかし、地上波や栃木TVでは放送されていない東北との試合を見てたような口振りをどうしてこの内気色白眼鏡さんがしていたのかと考えていると……。
「マイプロパーフェクトTVに入ったよ。だから、プロ野球の試合は全部見れるの。マイちゃんが一緒にお金出して加入しようってうるさくて」
へえ。マイちゃんがマイプロTVねえ。
「ごちそうさまでした。いつも美味しいご飯をありがとう」
「いいえ。どういたしまして」
東北遠征中のホテル飯も美味かったけれど、やっぱりみのりんの作るご飯は格別だね。
「山吹さん。今日はこれからお仕事だよね?」
「うん、そうだよ」
「その……こうしてご飯を作ってくれるようになった時は夜勤で働いているなんて知らなかったんだけど。大丈夫? これから仕事なのに、夜にご飯を作らせちゃったりして」
俺はそれが気になって仕方なかった。夜10時くらいに家を出て、朝6時くらいまで働いているんだから。
俺のご飯を作らせてしまっては、その分仕事前に大変な労力が………。
「ううん。全然平気だよ。むしろ、新井くんにご飯を作る方が私にとってありがたいの」
「え? ………どういうこと?」
「今までの私は、夜ギリギリの時間まで休んでて、仕事から帰っても特に用がなければ、ずっと家でぐーたらしてた。
楽しみや生き甲斐なんて1つもなかったの。でも、新井君と出会ってからは違う。まるで世界が変わったみたいに楽しくて仕方がないの。
だって、私の作ったご飯を美味しそうに食べてくれる人がプロ野球の世界で頑張ってるんだもん。こんなに誇らしいことなんて他にないよ」
彼女はエプロンの端をぎゅっと握りながら、時折俺に目を合わせながら、そう言葉を繋げた。
知らなかった。山吹さんがそんな風に考えいたなんて。
「だから新井くん。これからも私の作ったご飯を食べて。そして、野球も頑張って」
「………ああ! 任せとけ!!」
俺は微笑む山吹さんに胸を張ってそう言い放った。
明日から2軍に落ちるけどね!!
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