言いたいことも言えないこんな世の中は……。

居酒屋に入ると、その出入口から見える席で見慣れた面々がジョッキのビールを煽っていた。



対応に出てきた店員さんに説明しながら俺もそのテーブルに合流し、トリアエズナマとポテサラを注文し、それが届いた。



バイト先の後輩で、俺と同じようにパチンコと野球が大好きな俺をこの場に呼びつけた張本人が、熱く語っている。



「やっぱり、福岡ハードバンクスは強いっすよね! なんたって、トリプルスリーの選手がいるんですから!投手陣も強いし、来年も日本一っすよ!」




その後輩はもう何杯目か分からない梅酒のロックをグビグビいきながら、西日本リーグに所属している贔屓のチームの話をしている。



他にいる2人はあまり野球を詳しくは知らないので、終始苦笑い。そういう意味では俺が来てちょっと一安心。そんな表情で、遠慮なく俺が頼んだポテサラを箸で削り取っていく。




しかし、時期的にはレギュラーシーズンは終わってしまったが、その後輩と出くわした休憩や仕事終わりの談笑の時間では、ほとんどが野球の話。




贔屓のチームの選手の成績の話や今年話題になったプレーの話など、絶えずネタは尽きない。




特に来年からは栃木に新球団が出来るから、より一層野球の話にも熱が入る。




「そういえば昨日、北関東ビクトリーズのトライアウトがあったらしいんすけど、アニキの同級が受けにいって、1次で落とされたらしいっすよ。大学でもレギュラーだったみたいなんすけど、やっぱレベル高いみたいっす。………プロ目指す人ってやっぱすごいんすよね!せっかくだから、観に行けばよかったっす。失敗したなあ!」




俺がそのトライアウトを受けた事はこの後輩には話していない。


しかし彼は、その後もまるで自分が受けたかのようにビクトリーズの入団テストの話をしている。



そのアニキの同級生とやらの、大学名名前を聞いたが思い当たる人物はいなかった。かなりの参加者がいたからね。




しかしそんな話をしてしまうと、実は俺そのプロテスト受けたんだよ。2次テストまで進んで台湾人からヒット打ったったと言いたくなったが、今さら話すのもこっ恥ずかしい。


何よりその後輩が気分よくその人づてに聞いたプロテストの話をしているから水を差すのも忍びない。


俺は追加のポテサラと唐揚げを注文しながら、少し温くなったビールと一緒になんとかその気持ちを飲み込んだ。



そして、そのプロテストからしばらく。




プロ野球ドラフト会議の日がやってきた。




1日1日が過ぎる度に俺はそわそわそわそわしながら毎日のバイトに励んでいた。




もしかしたらドラフト指名される事があるのだろうか。いやいや、ないない。俺には無いものがありすぎる。27歳のパチンコ屋アルバイトマンを指名するはずなんてない。



と、思いつつも……。たくさんいた参加者の中から、2次テストに進む上位30人ほどに入り、明らかに母国ではバリバリのプロだった台湾人ピッチャーから、実戦で口火を切るヒットを放った。



新球団のビクトリーズは支配下登録的にも11人、12人指名してもまだ枠に余裕がある状態ですから、限りなく可能性は低いとはいえ、全くのゼロではない。




万が一指名されたらどうしようか。




いっそのこと断ってやろうか。




俺は東京スカイスターズに行きたいんじゃと、入団拒否してやろうかと。




そんな冗談を思い浮かべながら、だいぶ遅めの昼食となったLサイズの宅配ピザにかぶりつきながらテレビを点けると、まさにそのドラフト会議が始まったところだった。




「第1巡選択希望選手。北関東ビクトリア。連城達弘。22才、投手。白農大学」




北関東ビクトリーズの1巡目に指名されたのは、関東圏では大学生No.1右腕の呼び声高い地元栃木の大学に所属しているピッチャー。




もしかしたら、関東の球団で競合する可能性があるのではと噂されていた選手だが、競合はなし。地元ビクトリーズの1本釣りという形になった。




まあ、確かに新球団としては即戦力になりそうなエース候補をまずは取りたいよね。



「それでは、競合となります3球団は壇上へお進み下さい」




テレビでは、唯一の競合となった怪物級高校生投手の抽選が行われている。




2分後。歓喜のガッツポーズをしたのは、東京に本拠地を置く球団の監督。




MAX155キロの怪物右腕はリーグ3連覇中のチャンピオンチームの選択権が確定した。




画面が切り替わると指名された高校生投手のほっとした安堵の表情無数のフラッシュの中で写し出された。




何度も何度も拳を突き上げ、当たりクジを引いて喜ぶ東京スカイスターズ監督のインタビューが行われ、会場の贔屓のファンが喜び回りながら、その監督に拍手を送っている。




自分の行きたい球団に見事指名された者がいれば、希望ではない球団に指名され、複雑な表情をする選手もいる。もちろん、指名されずに終わる選手も存在する。




プロ野球のドラフト会議は、指名1つ抽選1つで、1人の選手の人生が決まる、ある意味残酷であり、だからこそ希望と期待にも満ちあふれた、よりドラマチックものに描かれるのだろう。




しかし、3巡目、4巡目、5巡目になっても、パチンコ屋でアルバイトをする27才のフリーターの運命が決まる事はなかった。




そして、1時間半のテレビ中継は終了。指名された選手の活躍する映像やプロフィールなんかをずっと目にしていると、自分でどうして指名される可能性があると少しでも考えていたのだろうかと、そんな気分になってしまった。



レベルが違いすぎる。俺はちょっとやそっとの間違いで覗けるような世界でないと改めて思い知らされた。




まあ、そりゃそうだよな。海を渡ってまでなりふり構わずでやってきたおデブな台湾人からたまたまヒット打っただけでプロになれるはずがない。




さて、ピザも食い終わったし、気晴らしにパチンコでもいこうかしらね。

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