第33話:アリバイ証明

 鬼怒川サキの友人、本宮もとみや氏は僕らを快く招き入れてくれた。彼女は専業主婦で、子どもは既に一人暮らしをしているため、最近は暇を持て余しているらしい。


 正直、スナック経営者の友人と聞くとけばけばしい感じの人を想像していたのだが、実際に会ってみると、ごく普通の主婦という印象だった。


「サキちゃんは早くにご両親を亡くされたから、一人でも生きていけるように、ってスナックの仕事を始めたのよ。独立したのは三年くらい前かしらねえ。サキちゃんが自分の店を持ったって噂が広まって、すぐに昔の常連さんが押し寄せるようになったわ。逆にサキちゃんが前に働いていたお店は閑古鳥が鳴くくらい。あ、でもね、円満退職だったし、前のお店のママとも仲良しだったから、トラブルなんてないわよ」

「鬼怒川さんはずっと独身だったってことですが、好意を寄せているとか、真剣にお付き合いを望んでいるお客さんとかいたんじゃないですか?」


 僕の問いに、本宮氏が笑って返す。


「珍しいかもしれないんだけど、そういう話は一切なかったのよねえ。みんなのアイドル、って感じなのかしら? お客さんもみんな節度を持って接してくれるから、仕事が毎日楽しいってサキちゃんも話していたわ」


 鬼怒川サキは年齢の割に若い印象で、三十代と言われても違和感はない。ならば恋愛関係のトラブルに巻き込まれたというのが予測しやすいが、違うらしい。


 だとすれば次に考えられるのは、経営難による金銭の問題か。


「お店は順調だったみたいよ。もともとサキちゃんのファンが多かったから、その人たちが新しいお客さん連れてきたりとかで。今年の頭くらいに初めて営業中に行ってみたんだけれど、ほとんど満席だったわ。お金には困ってなかったはずよ。借金はなかったと思うし、男に貢いでいた話もないし」


 どうやら鬼怒川サキにも、殺される理由がないらしい。


 本宮氏はインタビューの最中に何度も追加のお茶とお菓子を持ってきてくれた。おかげで昼過ぎまで話していたというのにお腹いっぱいで、血糖値の上昇と寝不足も相まって、途中から眠気が押し寄せてきたくらいだ。


 家を出た時には時刻は午後二時を回っていた。


 この後は六月に殺された、喜田圭吾の兄を訪ねる予定になっている。


 喜田家は両親健在だが、刊野さん曰く「親よりも兄弟、友人の方が、意外な情報が得られるもの」だそうだ。


 喜田:兄は今日は仕事が休みなので、喫茶店で合流することになっている。ここからタクシーで三十分もかからない距離だ。


 だがそのタクシーが全然走っておらず、本宮家の前まで呼ぶことになった。タクシー会社のホームページにアクセスすべく、刊野さんが携帯電話を開いたところで着信が入る。


「はい」


 電話の先から男の声がした。会社の上司だろうか。


 みるみるうちに、刊野さんの顔が険しくなっていく。「何か」が起きた時刻や場所を訊いている。復唱した場所はここから西の方へ、かなり離れている。新幹線でも片道二時間はかかる。


 一分もしないうちに電話を切り、苛立ちを含んだため息を吐く。


「どうしたんですか?」


 これは質問じゃない。確認だ。形式上の。


「……また、事件が起きたみたい」

「殺人、ですか?」


 刊野さんが黙ってうなずく。


「あたしはこれから現場に向かわなきゃならないのだけれど、あなたはどうする?」


 同行するべきか。直接行けば、テレビでは知ることのできない情報も手に入るかもしれない。


「いえ、僕はこのまま取材を続けます。あとで情報を共有しましょう」

「わかったわ。喜田さんのお兄さんには話しておくから」


 その後、呼んだタクシーでいったん駅まで向かい、刊野さんが一人だけ降りた。僕はそのまま喜田:兄の指定した喫茶店に移動する。


 電話を切った時点で、刊野さんの僕に対する疑いは晴れたようだった。一日中ずっと一緒だったのだから当たり前だ。もちろん共犯者がアリバイ作りのためにあえて同行中に事件を起こすことだってありえるのだが、そういった細工ではない何かを記者として感じたのだろう。


 途中で大型電器店の前を通過すると、店の前に並んだテレビで速報が流れていた。一瞬だったので詳しくは観られなかったが、運転手の目にも入ったらしく、「最近おっかないねえ」と話しかけられた。

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