【最後の回想】お母さん

 お母さんとの別れが訪れたのは小学5年生の秋。お弁当を楽しみにしていた運動会の日。

 別れが訪れるこの日まで、お母さんとの日々は楽しくて美味しくて……その中に隠れるのは、ひとつだけの大きな後悔。



【後悔】……それは子供の頃、小豆が嫌いで食べられなかったこと。

 今は小豆が好きになり、和菓子もおしるこも美味しく食べることができる。だけど当時の私は、初めて食べた羊羹の甘さに馴染めなくて、そのまま小豆を遠ざけることとなってしまいました。


 お母さんが作っていたお饅頭。

 具材は小豆と味噌。

 小豆が食べられなかった私は、味噌のお饅頭をいっぱい食べていた。小豆が食べられるようになってから、小豆のお饅頭をひとつも食べていなかったことを悔いることとなりました。





 運動会当日。

 お母さんのお弁当を楽しみにしながら、競技や応援をがんばっていた午前中。


 ——お母さんは何を作ってくれるんだろう。

 おにぎりかな?

 おいなりさんかな?

 海苔巻きと卵焼きが食べたいな。


 お昼が近づいた時。

 私の目から涙が出始めて、妙な胸騒ぎに包まれました。

 晴れた空の下、応援の掛け声が響く中で。何故なのかわかりません。

 わからないのに涙がぼろぼろと落ちて止まらなくなってしまったのです。




 お昼の時間になり、みんなが家族を見つけご飯を食べ始める中、私は来ているはずの家族を探しました。


 ——何処にいるんだろう?

 私のお弁当は?


 生徒と家族の群れの中を見回すも、私の家族は来ていません。


「璃子ちゃん、どうしたの? 誰もいないなら一緒に食べよう」


 声をかけてくれた由美ちゃん(仮名)のお父さん。差し出してくれたおにぎりを受け取ろうとした時、私はまた泣きだしてしまいました。

 何故なのかわからない。

 だけど胸騒ぎに包まれて、おにぎりを受け取ることが出来なかった。


 ふと、私の目が校庭から校門に流れ、兄が担任の先生と話しているのが見えました。

 近づいてきた先生が私に言ったこと。


「璃子ちゃん。お母さんが大変だからすぐに帰りなさい」


 兄が運転する車の中で、兄が話すことを聞きながら泣いていた私。


 お弁当を作っていたお母さんが、体の不調を訴え『少し寝てくる』と寝室に向かったきり戻って来ない。

 変だと思った兄が、寝室に向かうとお母さんは息をしていなかった。

 脳溢血……お母さんを連れていってしまったもの。



《少しだけの余談》

 大の動物好きだったお父さん。歳をとってからは温厚な人柄だったものの、私が子供の頃は酒癖が悪くお母さんを日々悩ませていた。

 お酒に酔うと、酒の瓶やビールの缶、食器をお母さんに投げつける。お母さんのどちらかの手の、親指の下につけられた傷跡。

 私が中学に通いだした頃まで続いた酒癖の悪さ。

 お父さんと口喧嘩して『ぶっ殺すぞっ‼︎』と怒鳴りつけられた冬の夜……こんなことまで思いださなくていいのに……私ってば。




 健康というヨーグルトやフルーチェが、今も大好きで食べるだけで幸せなのは、お母さんの仕事帰りのお土産だったから。

 今も本が大好きなのは、お母さんが外出先からのお土産に、漫画雑誌りぼんを買ってきてくれたから。

 漫画をめくり読みながら、こんな世界があるんだなぁと思って、それをきっかけに通い続けた学校の図書室。






 私は不思議なものが大好きで、見えない世界も信じています。

 それで……神様が本当にいるとしたら。それが見えない世界の住人で、温かく不条理なこの世界を見届けているのだとしたら。

 小学生の頃のあの日。

 神様が見えない世界から、涙と胸騒ぎを通してお母さんのことを知らせてくれたのだとしたら。

 命が終わる時、人生のご褒美にひとつだけを叶えてくれるなら、私の願いは最後の晩餐……お母さんが作ってくれる小豆のお饅頭です。

 この時ばかりは、私は誰よりも欲張りになってお饅頭をいっぱい食べるのです。




 この世界には叶えられるものの影に、どうあがいても叶えられないものもあるかもしれない。

 最後の晩餐の願いも、夢にすら見ないまま私はこの世界から去るのでしょう。


 それでも叶わなくとも願うこと、願えることは無限の自由なのです。









 🍬🍬



 本来ならこのエッセイは、最初のポテチ話だけで終わるはずでした。ふいに感傷的な想いに捕らわれて、ちょっとだけ自虐的に書いてみようかなぁと思っての。

 けれど色々と振り返ってみたい過去がありまして……書けるだけのことを書こうと思いました。


 私の過去は褒められるものではないばかりか、夢を叶えたいと思える日々ではなかったと感じて頂けるでしょうか。

 同時に夢を諦め続け長い時を潰していた私が、結果が出せないなりにも書くことを楽しんでいることが、誰かの励みに繋がったらいいなぁという思いがあります。



 拙く寒いエッセイでしたが、感じ取って頂ける何かがあったら幸いです。



 それでは完結します。

 お読み頂きありがとうございました。

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回想のセンチメンタルジャーニー 月野璃子 @myu2568

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