東日本震災の日……

 2011年3月11日。


 仕事が休みだったこの日、外出先での突然の大きな揺れ。ぐらりと揺れた街並みと私の体……そばを歩いていた人達も驚いて、悲鳴を上げた女性ひともいました。

 何が起きたのかすぐにはわからなかった瞬間とき。駅に行くとアナウンスが流れていました。


『大きな揺れのため電車の運行を停止しています』


 人でいっぱいになった駅中。

 ざわめきの中で思ったこと。


 ———家はどうなってるんだろ。

 家族は……無事なのかな。


 携帯電話(当時はガラゲーでした)は繋がらなくなっていて家族に連絡出来ません。運行停止と言われても家に帰らなきゃ……だけど、どうやって?

 戸惑いの中、私に出来ることは駅と街をふらふらと行き来することだけでした。



 夕方。

 駅は運行停止のアナウンスが流れ続け、帰宅出来ない方々に向けて、市の施設の解放を呼びかけていました。

 私は何がなんでも帰らなければ。


 駅の外では交通が再開されバスが走っていました。バス停に並んで大混雑のバスに乗り、私が住む町に近い駅へと向かう。

 体に残る揺れの衝撃と、乗客達の戸惑いに包まれながら、起きたことが信じられないままに。


 駅に着いた時には夜の闇が落ちて、冷たい風が吹き始めていました。

 停電で真っ暗になった駅の外、見知らぬ場所でタクシーを探すも見つからず、バス停には私が降りたバスの他に何もない。


 ———歩こう。歩いて帰るしかない。


 真っ暗な国道を1人歩きだしました。静けさと暗闇に包まれた国道を照らすのは、行き交う車のライト。歩きだす前に、温かい飲み物を……と無意識に考えるも、自動販売機も停電で機能していなかった。

 不安と寒さの中歩く国道。

 こんな状況ですら、何もかもが嘘みたいで……この時の気持ちは言葉に出来ない。



 どれくらい歩いたのか。

 歩いても歩いても次にあるはずの駅が見えない。

 歩き続けて、家に着くのはいつになるのか……寒さと不安とひとりだけの怖さで考えごとなんて出来ない。白い息を吐きガタガタと震えながら歩き続けていた時でした。


 視界の片隅に見えだした白いもの。

 すぐにはわからなかったけど、それは1台の観光バスでした。


「……した?」


 バスの中から聞こえる声。

 だけど何を言っているのかわからない。


「……した? ……ました?」


 何度か言われているうちに『どうしました?』と言っているのがわかりました。開かれた扉の奥で、私を見るガイドと運転手の男性。


「……帰りたいんです。だけど電車が動いてないので」

「何処の駅ですか?」

「◯◯駅です」

「乗ってください。そこは通り道ですよ」


 バスに乗せてもらった時、温かさに包まれて体が震えました。席に座った私に、ガイドさんが差し出してくれたのは、紙コップに入った温かいお茶。

 乗せてもらえただけでも有り難かったのに……この時のお茶の温かさは今も忘れられない。

 バスの中ラジオから知らされる事態。悲しく大変なことが起きてしまったのだと、重い気持ちに包まれました。




 この日以降、震災の痛みを知り続けた日々。私の職場でも、震災と風評被害の残酷さを知ることとなりました。

 とある産地の野菜と肉が見向きもされなくなったのです。震災以来の数日間、私の職場もどのお店もまとめ買いにより陳列棚はガラガラでした。

 それなのに、やっとのことで仕入れたものなのにです。

 20円や30円という、野菜を作っている方々の大変さを踏むような値段になってすら。仕入れギリギリの価格を付けて売り場に並べられたお肉。それなのにケチをつけながら通り過ぎていく。

 職場が仕入れていたもやしの会社も被害に遭って、しばらくもやしが入荷出来なかった。売り場にもやしがないと連日文句を言ってきた数人の主婦。


 ———あんたら、自分さえ良ければそれでいいのかっ‼︎


 そういう方々を見るたびに込み上げた怒り。


 ある仕事休みの日、外出先の駅前で風評被害に苦しむ地域の方々が野菜を売っているのを見かけました。


「私達の野菜を食べてください‼︎」


 通り過ぎる人々に向けて、メガホンで呼びかける年配の男性。野菜に付けられた安い価格に心が痛みました。

 だけど足を止めるのは少しの人達。

 当時のマスコミ報道は、風評被害をなんとかするどころか酷くするようなものが多かったように思いますし、今現在のマスコミ報道も信用しきれないものばかりです。

 水菜と小松菜を買わせて頂いた時の男性の嬉しそうな笑顔。





 ……今も時々、ケチをつける人達がいます。今は怒りよりも悲しいと思うばかりです。

 何かがあった時、助けてくれる誰かや助け合える方々がいる一方で、自分の安全にだけ必死な誰かがいる。




 私は弱虫だけど何かがあった時、助かるよりも助けることが出来る人でありたいです。

 人として……そうありたいです。















 次回11月25日の更新で、こちらの連載は完結します。私にとってとても大切な思い出とある願い(書くこととは違うものです)について書こうと思います。よろしければまたお付き合いください。

 お読み頂きありがとうございました。

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