第11話

 診察室に入ると、心療内科の先生が笑顔で声を掛けてきた。

「大変、お待たせしました。顔色が少し悪いようですが、大丈夫ですか?もしかして、先輩からメンタルチェックについて怖い噂話でも聞かされましたか?心配しなくても大丈夫ですよ。あなたが、変な考えをお持ちでなければ、何の問題もありませんからね。」

俺を担当するサトウという医者は恐らく、心療内科医を専門としてメンタルチェックをしている医者なのだろう。そして、経験則から俺のような人間を何人も診てきたのだろう。俺は、恐怖から苦笑いで対応するしか出来なかった。

「じゃあ、早速始めていきましょうか。」

そう言うと、サトウは既に設置されていた数台のカメラを起動させた。

「これらのカメラは何ですか?」

俺は何を撮影されているのか怖くなり、思わず質問してしまった。

「心配しなくて大丈夫ですよ。あなたも同業なら大体、察しは付いているのではないですか?」

「私は普段、医者ではなく一般の人たちを対象にした検査しか対応したことがなくて。その時は、確かに記録用に1台カメラは回しますが、こんな複数台のカメラを回す光景は始めてでして。」

「あぁ、なるほどね。確かに心療内科で働いている方が初めてメンタルチェックを受ける際は、あなたのようにカメラの台数が普段と違う事に違和感を感じられますね。何を撮影しているかは規定上、患者さんにはお伝えすることが出来ないんです。ご理解ください。」

「まぁ、そうですよね。変な質問してしまい申し訳ありませんでした。」

「いえ、大丈夫ですよ。では、検査を初めていきましょうかね。」

サトウはそう言うと、一つ深呼吸をした。

「単刀直入にお伺いします。あなたはなぜ、急に心療内科への異動を希望されたんですか?嘘なく正直にお答えください。」

全く予期していない質問が1つ目から飛んできた事に俺は驚きを隠せなかった。この質問はまるで、俺が良からぬことを画策して異動したという前提で質問されていた。この検査が始まる前から、国は俺が不穏分子であると決めつけているようだった。恐らく、複数台のカメラは嘘かどうかを見抜くためのサーモグラフィーや目線チェック、行動心理学を元にした検証を行うための高性能カメラなのだろう。言葉であれば、正直何とでも言い逃れ出来ると思っていたが、身体や脳から送られる反射反応までは隠しようがない。であれば、俺が生き延びるための道はただ一つ。嘘でこの場を逃れるのではなく、真実のみを話して切り抜けるしかない。そう覚悟を決めて回答することにした。

「嘘を言っても見抜かれてしまうと思うので、正直にお答えさせていただきます。理由は、このメンタルチェックという仕組みを活用し、この国を変えるための同志を集めることが出来るのではないかと考えたからです。なので、心療内科への転向を希望しました。」

「素直でよろしい。では、次の質問です。あなたは今も国を変えようと本気で思っていますか?」

「いえ、思っていません。ここまで厳重なシステムによって守られてしまっていては、現状の私の力では打つ手がありません。それに、私自身の生活は困窮している訳でもありませんし、自分の幸せだけを考えるのであれば、今の国のシステムが継続してくれた方が幸せに生きることが出来ると思っています。」

「なるほど。では、仮にシステムの欠陥を見つけられた場合、もしくは革命を本気で実行しようと考えている人間に接触する機会があった場合、あなたはどう行動しますか?」

「まず、前者の場合。その場合、もしかしたら再度、革命を起こせるかもしれないという考えが一瞬は思い浮かぶ可能性はあると思います。しかし、それを実行するための労力と自分の幸せを天秤に掛けた時、恐らく自分の幸せだけを考えて生きた方が楽なので、実行はしないでしょう。そして、後者の場合。この場合も、同じく私自身が参加することは無いと思います。」

「革命を志している人のことは、どう対応しますか?」

「恐らく説得を試みても無駄だと思いますので、国に通報すると思います。不穏分子は小さいうちに取り除いておくのが賢明ですから。ガン細胞と同じです。小さな内に、早期発見できたタイミングで取り除くことが健康体を維持するためには必要ですから。」

「しかし、たった1ヶ月という短期間でここまで考えが変わるとも私は思えないのが本音です。あなたが、ここまで心を入れ替えたのは何故ですか?」

「『ドレイ』の扱いをこの目で確認したこと、『死』という存在を身近に感じたことで、自分のこれから先の人生を考えた際、そんなリスクを払ってまで国を変えようとは思えないと本気で思ったからです。多少の犠牲で自分の幸せな生活が守られるのであれば、私は自分の幸せな生活を取ってしまうような小さな人間だったんだと認識したからです。」

「あなたは賢い人間だ。では、最後の質問です。もしも、あなたが今の政府から『国の中枢に関わるような仕事をして欲しい』というオファーを受けた場合、どうしますか?」

「国を動かしていけるような仕事に魅力を感じないと言ったら嘘になります。しかし、私は先ほどもお伝えしたように他人の一生や国そのものを動かしていくような大それた事が出来る器は持っていません。目の前にある仕事をコツコツとこなしていきながら、自分の身の丈にあった小さな幸せを感じながら生きる道を選択すると思います。」

「分かりました。以上で検査は終了となります。検査結果は1週間後にお渡しさせていただきます。本日はお疲れ様でした。」

俺はサトウに頭を下げて診察室を後にした。

『自分の素直な考えを言ってダメだったら仕方がない。一瞬でも革命なんて大それたことを考えてしまった過去の自分が愚かだっただけだ。』

半ば諦めの境地に立っていたのだろう。俺はそんなことを自分に言い聞かせながら、病院を後にしてトボトボを歩いていた。

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